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今、年間120万個の棺桶が作られているそうです。我々団塊世代が大量に死ぬ2030年頃は年間170万個の棺桶が作られるだろうと予想されています。もうじき私も棺桶に入るかもしれません。バイクで店に行く時鶴見橋の上で、この川上から川下の景色もいつか見られなくなるのだと考えると、バイクがよれよれと蛇行したりします。他者の乗用車やトラックが私を跳ね飛ばしてくれて労せずしてあの世に旅出すことが出来るということもありえます。またそれもいいかと思ったりします。この本でも井伏鱒二の漢詩の訳を引用しています。
「君盃を受けてくれ、どうぞなみなみ、つがしておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ、さよなららだけが、人生だ」
どうせ死ぬなら桜の散る春がいいかもしれません。西行も言っています。
「願わくは花の下にて春死なん、その如月の望月のころ・・・」
こういった詩的な死に方をすればいいのですが、大概は介護を受けてチューブを取り付けられて、疲労困憊して死ぬほうが多いのでしょう。徳永は医者ですから、人間寝たきりになり、やがて食えなくなったら死期は近いと言っています。尊厳死をしたいのなら、今からでも断食をマスターし、もう駄目だと分かったら食わないようにすれば立派な死に方をすることができるかもしれません。しかしながら私にこのような強い意志があれば今頃何者かになっていただろうと思われますが、何にもないところを見ると、たぶんじたばたして死んでいくのだろうと想像されます。
どの国の権力者も自分の下半身のコントロールはできないということがわかります。中国の孔子の礼節とはいかないようです。女たちも男たちの下半身が礼節過ぎたら、おもしろくないでしょう。女優兼詩人のメアリー・ロビンソンは、後にジョージ4世となる17歳の皇太子に2万ポンド(現在に換算すると数十億円)やるから愛人になれと言われて愛人になりました。でも関係は一年も続きません。それでメアリー・ロビンソンは2万ポンドと手紙の返却で5000ポンドを上乗せして要求します。2万ポンドはもらえませんでした。5000ポンドは年金として支払われるという約束でしたが、支払われないときが多かったようです。おまけに25歳の時流産から下半身が麻痺してしまって、晩年は貧窮していて42歳で死にます。女優と国王の組み合わせでチャールズ2世とネル・グウィンもいます。このチャールズ2世の女遊びは激しく庶子が14人にもいたそうです。ネル・グウィンの肖像画を見ると、胸を露にしたドレスを着て、男の情欲を引き出すような雰囲気があります。
写真機が発明されて、それ以降の肖像画は近年になればなるほど、抽象画に近いようなものになってきています。そっくりに描くことはもう意味を成さないのですから、人物の内面を描くようになったのだと説明です。
ここで話は変わりますが、韓国のポップ歌手少女時代の足が長いように見せるカメラワークがあります。下から覗き込むようにカメラを設置します。首を切られたチャールズ1世の肖像画にはまさしく下から覗くようなアングルで描かれています。それによって、チャールズ1世の背丈の短さやら、足の欠陥などを隠すことができています。
去年はやったピケティーの本の中で、バルザックの「ゴリオ爺さん」を例に出して資本の蓄積がいかに為されたかを解説されているようです。それに触発されて、経済学者の橘木と文学解説者の佐伯が現在日本の格差社会を論議してみようとなったのです。
現在の日本の状況を知るにはやはり歴史を紐解かないと埒が開きません。日本は長いことある面男女参画社会であったのです。男も女も働いていたのです。江戸になってから武士社会が強固になり武士の奥方は専業主婦になります。そうはいっても女性でカネを稼ぐために働くことが必要でなくなったのはごく一部で、武家の奥方くらいしかいません。明治になっても大方の者が働き、やはり華族や金持や官僚の奥方が少数ですが働かないでも家にいることができました。それが戦後高度成長時代になって、夫の収入が増えると多くの女性も専業主婦になることが出来ました。やがてバブルがはじけ経済成長が止まると、男たちの収入も伸びなくなり、子供が生まれ家でも買ったりすると専業主婦もアルバイトやフルタイムで仕事をせざるを得なくなります。その頃からフェミニズムが勃興し始めます。仕事をした後でも家事をしないといけないということに女性たちは腹を立てるようになります。おまけに職場では見えない壁があったり、「ガラスの天井」があったりして、地位も上がらないし給料も上がらない現実に直面します。たとえ4年制大学を出て学歴を積もうとも、女性は結婚を期にあっさりと仕事をやめることが多い。ということは日本の仕事場は結婚生活、それに伴う子育てと仕事を両立できるような場所ではないということです。血気盛んだったフェミニズムもトーンを落とし、最近また専業主婦願望回帰が起こっているようです。ところが男も非正規雇用が多くなり、満足な給料をもらっているのは少ない。おのずと結婚できない男女が多くなっているという現実があります。美人の女子アナが野球選手と結婚したがるのはその収入の多さでしょう。彼女らも朝早くから夜遅くまで厚化粧してテレビの前に立ちたいとは思わないでしょう。
佐伯によりますと文学なるというものは抑圧を感じ、その「苦悩を吐露」することにあり、最近東大卒の文学受賞者が少ないということは、彼らには「抑圧」ないということになり、能天気に「社会の強者としてのパスポート」を持っているという自信が原因ではないかと言っています。彼らには世界の大学のランキングを示して、世界のエリートと比べたらマダマダだという抑圧をかけないと、文学賞など、ましてやノーベル文学賞など取れないのではないかと思われます。
この本はお客さんがくれた本です。最近私は店でタイの音楽ばかり聴いています。タイのポップや、歌謡曲、民謡など聴いています。何と女性がきれいなことか。高野も言っているようにタイの女性の足はすんなりと伸びて、0脚などいません。日本人の女性の足をタイでは「象の足」と揶揄しています。これはタイの母親はたとえ百姓をしていても、自分の女の子には農業を手伝いさせた後、必ず娘の足をマッサージしまっすぐ伸ばすようにしています。やはりタイでも女性の美しさで階級向上を願っているのでしょう。
日本でもかつて日本の男性の評価で「三高」といわれましたが、タイの国民の気質を表すのに、「三さ」と言われているのがあります。「サバーイ(元気だ、気楽だ、快適だ)」「サヌック(楽しい)」「サドゥアック(便利だ、都合がいい)」の三つです。それにもう一つくわえれば、「マイペンライ(大丈夫、たいしたことがない)」というものがあればタイの大概の国民性は説明できると高野は言っています。そこで私は日本の国民性を三つの言葉で要約してみました。「暗い」「苦しい」「くたびれている」というやはり「三K」になると考えました。
タイでは欧米人がタイの女性を連れてよく旅行をしているようです。それらの女性は全て愛人で、それも日本人から見ると顔の整っていないブスばかりだそうです。遠藤周作がフランスに留学した時、日本人のブスがまるで女王然としてフランスの男たちを引き連れていたと書いていますが、高野の解説によると、欧米人は顔のくしゃくしゃしたほうが東洋の神秘を感じさせるのではないかと言っています。日本の女性は最近よく世界で殺されたりしていますが、警戒心がないのではないかと思われます。タイの女性は組みやすいと思ったら大間違いです。食事など誘っても必ず友達を連れてくるそうです。結婚でもしようものなら、どこらともなく親族が湧いて出て、カネを貸してくれと言ってくるそうです。でも貸してもそのカネは返ってきません。日本の男たちは「サドゥアック(便利だ、都合がいい)」と思われているのでしょう。
囮捜査官はハリウッドの世界だけだと思っていましたが、イギリスの警察の中にロンドン警視庁美術骨董課という部局があって、その課員のチャーリー・ヒルが本編の主人公です。オスロでムンクの有名な絵画「叫び」が盗まれ、このヒルがアメリカの大金もちのゲティ美術館の外商部の課員になりすまし、犯罪者たちと交渉して、ムンクの「叫び」を取り戻すまでに経緯を書いているのです。ハリウッド映画のように派手な銃撃戦はありませんでしたが、正体をあかされないためにいろいろ苦労しています。もともとヒルはアメリカ生まれで、回りまわってドンドン警察に就職したもので、アメリカ風の発音もイギリス風の発音も両方出来ます。美術愛好家であり、映画に出てくるようなマッチョな男ではなく、でっぷりと肥えて、俊敏な囮捜査官に見えません。だからこそ彼は疑い深い犯罪者をだますことが出来たと思われます。これが目つきの鋭い映画に出てくるような囮捜査官なら彼の体は蜂の巣のように銃弾をぶち込まれていたでしょう。
ムンクの絵は美術館に帰ってきましたが、それに携わった犯罪者たちは、ノルウェーの法律では、ヒルのような囮捜査で捕まった場合、それらの囮捜査官の証言は無効であるという事で、それぞれ軽い罪を負っただけです。しかしながら犯罪者の一人は誰かから銃殺され、もう一人はヘロインの過剰摂取で死亡してしまいました。いずれにしても犯罪者の平均寿命は短いということは間違いないようです。