[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「ぼくは不完全な死体として生まれ、何十年かかかって完全な死体になるのである」
いま私の状態は、後もう少しで「完全な死体」になるという地点にいると思われます。10年も生きれば御の字です。この歳になると明日目が永遠に覚めることがないともかぎりません。かがんで急に立ち上がると、めまいがします。意識が遠のく感じがします。思わず手を近くのものに置いて、体の安定を保つことになります。もはや走る筋肉や跳躍する筋肉はありません。そろそろと歩くのが精一杯です。
敗戦後、日本とドイツのあり方を島田雅彦は示しています。ドイツでは教会やコンサートホールの建て直しをし、日本では闇市と米軍のための慰安所を作っています。これで日本はいかに「おもてなし」の国かということがわかろうというものです。島田にとってこれははなはだ面白くないようですが、ドイツ人たちは自分の心の安定のために教会や好きな音楽を聴くためにコンサートホールを作ったということは、自分たちの事しか考えていないということになり、反対に日本は恐れのためとはいえ、相手のことを思いやっているということになり、一概にどうのこうのといえないことかもしれません。ただし残念なことは慰安所を画策し実行した役人や政治家たちが自分の妻や娘を就職させないで、金に困った娘や未亡人にその仕事をやらしたということです。
「もてない男」の小谷野は、そうは言っても二度結婚をし、2度とも別れて今独身らしく、インターネットの出会いサイトを逍遥している最中らしい。ときたまいいこともあるらしく、少ない予算で思いがけないセックスも出来てしまうことを報告しています。ただ東大卒だけではいいところの「お嬢様」との出会いはないと言っています。やはりいいところのお嬢様と結婚するには親の代からエリートで東大か難関大学の卒業者で、官僚や研究者や大企業の幹部ぐらいでないとありえないということです。小谷野敦のように、「農家の息子の時計職人の息子」にはいいところのお嬢様の見合い話はありえないと嘆いています。なぜいいところのお嬢様は美人が多いのかを小谷野敦はこう理論付けています。男は大金持ちになったり、エリートになったりしたら、女は誰でもいいとはいかず、やはり美しい女を選ぶようになるからだと、誰しもが思いつくことを言っています。小谷野敦も「一応」東大卒でエリートなので、美醜にこだわり、例のごとく美しい女を求めていますが、ただ美しいというだけではなく、その上に「知的」な要素も加味しているので、早々そういう女性は小谷野敦以上のエリートに降嫁しており、30を過ぎて美人でも独身女は「三流大学の」知性しか持たないものが多いので、小谷野敦の思うような女性にめぐり合わないようです。この国際化時代に、東大を出てエリート風をふかしてもどうかと思いますが、日本では一流の大学ですから小谷野敦の大言壮語も東大を出ていないものにとってはそういうものかと妙に納得してしまうのもおかしいものです。世界の大学の序列を見ると、東大は34位で、中国やシンガポールやオーストラリアの大学に抜かれています。東大卒は世界でのエリートといえるのでしょうか?人口減少も続き、国力も落ちると、知的分野でも相対的に降下するでしょう。将来一個もノーベル賞を取れなくなる時代が来るかもしれません。中国や韓国のようにアメリカに留学し知的方面で圧倒的に凌駕しないと、いつまでたっても人種差別はなくなりません。日本で美人と結婚できたと喜んでいたのでは「富士山か芸者」しか思いつかない国になってしまうでしょう。
この一週間を残して2016年も終わりますが、今日の株価がどうなるか心配です。暴落するのか、2万円を突破するのか、たかが100万円くらいで株をやっている私でさえすら固唾を呑んで見守っています。浜矩子によりますと、マイナス金利を続けているとやがて、カネは金利の高い国に移動し、やがて円は価値がなくなり、預金封鎖、国債の売買の禁止、預金1000万円以上預金している人は1000万円以上の預金は全て国債に変えられてしまうということになります。これを予見してパナマ文書に見られるように、金持たちは今せっせと溜めたカネをタックスヘイブンの地にカネを送金してドルに換えているのでしょう。金持ちが潤えばお余りが下々の下に回ってくるという理論がありましたが、実際は金持ちが潤えば潤うほど、貧乏人はますます貧窮するというのが現実です。金持は余ったものですら貧窮者に与えようとする心広い気持ちはないようです。余ったものすら将来の日本の崩壊に備え、自分たちだけが存続するために蓄えているというのが現状です。来年我々貧窮者は泥炭の苦しみを味わうことになるのではないかと危ぶまれます。アホノミクスに備えよと言われても、何ももたない我々は空手でそのときを、まつしかないようです。せいぜい節約してカネを使わないことしか頭に浮かびません。昨日メガネの安売り店で、メガネを4000円くらいで買いましたが、もとの曇っためがねで我慢すべきでなかったかと後悔しています。
箔を付けたいと誰しも思うことでしょう。女性の化粧だって一種の箔でありましょう。美しくあれば金持の男の財布を支配できるかもしれません。資格も一種の箔であって、これがあればお金がよってくると思うからみんな資格を取りたがるのでしょう。ところが現在この箔もはげかかって、その輝きがなくなりつつあります。弁護士も公認会計士も超難関の資格ですが、この資格を持っていても生活保護程度かそれ以下の収入しかないものが多いそうです。法律が改正されて一時期これらの資格保持者が増えましたが、それにみあうほど仕事は増えていないものですから、とりわけ新規開業者が困難に陥っています。もちろん既存の業者も日本の景気の低迷から収入を減らしています。訴訟もアメリカ並みに増えると思われましたが、それほどでもなく、小額訴訟などは司法書士も取り扱うことが出来、なおかつ個人が自分ひとりで裁判していることにもよります。高い銭を出して弁護士など雇うという発想はありません。税理士という職種も存亡の危機になっています。いまや会計ソフトがあり、毎日記帳していれば、決算までやってくれます。
私は運転免許と調理師免許と宅建主任の資格を持っていますが、これらがあるからと言って豊かな生活が出来ているわけでもありません。一時不動産屋もやりましたが、私のような繊細な神経の持ち主にはバックにどのようなものがついているかわからぬ相手と対峙するには耐え難いものがあります。毎日大根やかぼちゃと対峙するほうがよっぽど気が楽です。大して儲かりませんが、毎日自分の食事を作っているのだと思って、商売しているようなものです。
東方神起の筋肉ムキムキと股間の隆起をみると、みのりさんは自分の股間がぬれると言っています。以前フニャフニャちんこでも、愛があれば、マシュマロのような感触があって何ともいえない味わいがあるといっていたくせに、やはり男にはそそり立つ男根がないと女の情動を突き動かすことができないと、暗に告白しているようなことになっています。韓国では徴兵制があるせいで、歌手も俳優も胸の筋肉が隆々としています。日本のアイドルのように坊や顔をしていますが、シャツを脱ぐとそこには鍛錬された筋肉の段丘が連なっているのです。日本のタレントは顔も少年顔ですが、肉体も少年のような感じがします。総じて未熟さが日本のタレントの特長になっています。女性陣もこの例外ではありません。AKBの幼さが好まれるというのは、日本文化が作り出した独特な傾向によるものだといえます。それは歌舞伎からきているのです。歌舞伎の起源は出雲何国の女性が男のふりをして踊っていたことからはじまります。踊った後、売春もしています。それが男性になっても、なよなよとした姿態引き継がれ、一種のオカマ状態であり、パトロンの男たちの手慰めになっていたということによります。総じてこの国の男たちは序列を気にし、みのりさんの言葉では低位者から「ケア」されること無限の喜びを見出す人々だということになります。「AKB48に出てくる女の子たちのような御しやすさに安らぎを見だ」し、「女の成熟や主張を、全力で拒否したがる弱さ」を持ち、「プライドが高いから、面倒くさく」「そのくせ、心が折れるのもはやいし、チンポも弱い」というのが日本の男たちです。まこと仰せの通りで日本男子たる私にとっても忸怩たる思いです。最後の砦、ペニスの長さの両国間の比較、日本男子は13センチ、韓国男子は9センチというコンドーム会社の発表も、みのりさんによって激しく論破されています。それによりますと、韓国では軍隊がありますから公的な機関で正確に測っていますが、日本では自主申告だそうで、このような発表など信用ならぬということです。