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就職氷河期(94年~2005年)頃に20台であった若者も今や40代に達しています。正社員になれず、非正社員やフリーターが273万人もいるそうです。もらっている賃金は少ないので、厚生年金とか国民年金などまともに払っていない人が多い。やがて彼らが老人になると、日本はどうなることやら。国民年金しかない私はその年金では食えないので、未だに仕事をしています。この仕事も儲かることはないので、日々始末始末の生活を強いられています。最低の国民年金がなければ、みな生活保護を受けねばならなくなるけど、少子化で国力の衰退した日本にそれを支払うだけの能力があるかという問題があります。はっきりとして将来は暗い。今の我々団塊世代も私のような貧窮者も多いし、優雅な生活が出来る人は少数に過ぎません。今給料をもらっている人も、年々増えるということはないようで、かえって減りつつある状態です。すべての人が下流になれば、ある程度精神的に安定しますが、一人でも豊かな生活をしているのを見ると、自分の生活がますます惨めに見えてきます。だったら今からの生き方は「三猿」に尽き、「見ざる、聞かざる、言わざる」に徹しないといけないようです。そうでもないと精神的におかしくなることは、はっきりしています。もはや日本はブラック社会になりつつあるのですから、そのような社会とは関わらない引きこもりこそ、人間的にまともな人間ではないかと思われてきます。
昨日ニュースでインドの不可触民のダリットが製粉機を使ったということで、インドの教師がカマでその不可触民のクビを切り落としたということが伝えられました。ひどい話です。インドの法律でも差別は禁止されていますが、習慣はそうそうなくなりはしません。ある著者がインドに行ったとき、人権家のインド女性と一緒に年寄りのこぐ自転車タクシーに乗りましたが、その女性がふんぞり返って、その年寄りに哀れみを一切かけないという態度を見て、ビックリしたということを書いています。平等を標榜する彼女は、先進国に対して自分たちも同じ人間だと言いたのでしょうが、自国民に対してはカーストメガネをかけていて、哀れな年寄りは同じ人間だとは思っていないようです。
インドでは女性の旅行者がよくレイプされます。だいたいインドの女性はめったに外に出歩きません。家にいて家事をしています。拓徹によると、女一人で旅行するなどもってのほかで、こういう生意気な女は売春婦か、お仕置きをして教育しなおさないといけないと考えているということです。おまけに長くイギリスの植民地であったものですから、先進国の女性には一種の憧れと、その度が増すごとにその反対の感情も沸き起こってくるといっています。映画で主人公の周りで踊るのは白系の美女たちという構図でもインド人の屈曲した感情がもろに出てくる場面です。日本人の女性に対しては、この本でも例がでているのですが、現地ツアー案内人などは事業資金のお金を引き出すために、利用しているということになっています。インドの実家では日本人と結婚しても認めません。カースト制が厳然と残っているのですから、どこの馬の骨かわからないような日本人女性など受け入れることはありません。家で用意した出所のしっかりした同じカーストの女性を嫁として家にかくまっているようです。だから日本女性など売春婦かくらいにしか思っていないようです。
拓徹はもう一つ注意を促しています。貧乏な少年少女たちとあまり親しくなってはいけないと。というのは、あまりにも親しくなると、これら子供は自分たちと同じカーストだと思い、今までやってきたサービスを途端に行なわなくなると警告しています。たとえば少年がホテルのボーイなら、気心が知れると荷物は自分で運ばないといけなくなるようです。だったらあの人権家の女性の、人いてもいないかのような態度はインドでは是非とも必要な社会的マナーかもしれません。
今から考えると、かつての池田首相とその配下の通産省はシュンペーターを超えていたということがわかります。シュンペーターの考え方によりますと、資本主義は、「古い産業や制度を破壊し、新しいものを生み出す創造的破壊によって発展する。企業家は、企業を所有するとともに経営を行なう中産階級の精神と、家族のために資産を残すという動機に動かされて、創造的破壊に邁進する。しかし、創造的破壊のプロセスは、中産階級とその家族という制度をも破壊し、企業家は革新的な経済活動のための精神的原動力を失う。企業家に代わって生産や投資を担うのは、合理的で自動的に働く官僚制的な大規模組織であり、そして政府である。」やがてそれは社会主義国家になるという予想です。シュンペーターは、最終的にはスターリンが支配したロシアの監獄監視社会になると考えていたのでしょう。ところが池田首相とその時代は、労使の対立はありましたが、会社そのものが家族そのものであり、「日本的経営」で労使ともども「高い生産性と旺盛な技術革新を実現するため」日夜努力してきたことです。それに通産省もスターリン的な冷酷な管理ではなく、「ナショナリズム」によって何とか日本を経済発展させたいという熱い思いがあったので、企業家、労働者、官僚たちが日本という「共同社会」にまとまって切磋琢磨して、日本の高度成長の基礎をなしたということです。儲けはもちろんですが、それ以上に産業を育てるということに邁進していたのです。ところがバブルがはじけて、小泉首相になって、アメリカからニュー自由主義経済の考え方が入ってきて、短期的な儲けを重視する「経営法」が吹聴されます。アメリカで学んだ人たちが「金融資本主義」の到来を告げます。産業育成などはもはや時代遅れで、株式重視の短期でいっさんきに儲ける経営が推奨され、構造改革、リストラ、派遣社員化、と、企業で人材を育てることもなく、その場限りで、単にカネを儲ければいいのだという風潮になっていきます。これによって日本は「失われた」何十年もの時間を過ごすようになり、世界でもこのような風潮は何度もバブルをはじけさすようになります。いまでは修復できないような格差が生まれ、日本での貧困者はインドでの貧困者よりはもっと救いのないものになっています。今盛んに日本人がノーベル賞を受賞していますが、よくよく考えると、今、ノーベル賞をもらっている人たちは、池田首相以降、日本が高度成長時代に青春を過ごし、大学に入って研究した人たちです。現在の目先の利益だけを考える刹那的金融資本主義の世界では、じっくり将来を見つめて研究できる状況ではないかもしれません。何もかんでも早急に成果を出さないといけない状況では深い研究などできるわけがありません。将来日本は今の韓国のように他国が排出するノーベル賞の数の多さに怨嗟の声を上げるようになるかもしれません。
肩書きに「実践思想家」とあります。ただ言っているだけの糊口の徒ではないことを強調しています。実際腐ったものを食べたらどうなるか実験しています。スーパーからマグロの刺身を買ってきて、一週間ばかり車の中に放置して、「納豆みたいに糸を引いた」マグロを食べる実験をしています。味はそんなにかわらないと言っています。しばらくたって上半身が熱くなり、顔が真っ赤になり、全身が真っ赤になりましたが、それが2時間続いただけです。日頃の「不食」の効果がきいたのでしょう。食べないことは免疫を強くするとの証明です。無人島で130日間何も食べなかったというと嘘になります。雨水を飲んだり、時には海の産物を獲って食べたりしています。テレビのクルーが来て、それらがビールなどの贈り物をしてくれ、それを飲んでいます。しかし後半は自戒して何も食べていないと言っています。水だけで過ごしたのでしょう。沖縄方面の孤島ですから、一日中フルチンで過ごしています。何もすることがないのでぼっとして過ごしていたのでしょう。またよく寝たと言っています。性欲湧かないで一回も射精したことがないと言っています。この本を書いたのが2014年で、そのとき彼の年齢は60過ぎですから、そろそろ性欲も落ちてくるでしょう。おまけに飯を食っていないのですから、その方面の元気も出ないのかもしれません。新潟に帰って来てからも、性欲はなくなっていると証言しています。ものを食べないということは否が応でも聖人になれるということを証明しています。聖者になれるということはたやすいことで、食べないことに尽きます。我々高齢者はすべからく「不食」して、医療の手を煩わせず、粛々と亡くなることが必要ではないかと思われてきます。
この前の「持たない」ビジネス儲けのカラクリで、勝ち組のイトーヨーカ堂と負け組みのダイエーと書いていましたが、この本が書かれたのは2012年の時点で、今ではイトーヨーカ堂も閉店ラッシュになっています。何時までもいいことが続くと思うなということです。「盛者必衰の理」とは何時の時代にも適用できる法則であります。ユニクロもかつての勢いはなくなり、お客さんの数も減っているようです。安いばかりではやっていけない状況になっているのかもしれません。
国としても、かつては飛ぶ鳥を落とすほどの勢いであった日本も何十年もデフレ体質を抜け出せない状況になっています。この対処のためにお札を増刷して、景気を盛り上げようとしていますが、その余った金は何か革新的な商品を作り出すこともなく、金融に回り、まるでカジノのような体をなし、一攫千金を目指した賭博のための資金になっています。このようなことではリーマンショックやサブプライムショックが間断もなく続くことでしょう。
20世紀を見ると、「大デフレ期、大インフレ期の最期の場面で、戦争が勃発」している」ということで、欧米の人間たちは、自分たちの遠いところの、中国と日本の戦争に期待をしているのではないかと思われて仕方ありません。いまのところシリアで小じんまりと戦争していますが、大々的にやってもらわないと、溜まりに溜まった先進国の兵器や在庫が一掃できません。このような欧米のシナリオにやすやすと日本はのっては大変な目に会うでしょう。ロスチャイルドを始め金融資本家たちは着々とその準備をしているのではないかと、「陰謀説」本の好きな私は勝手に思い始めているのです。