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乳酸キャベツといっても、漬物のことです。キャベツを刻んで、塩をまぶして重石を置くと、発酵して、乳酸キャベツになるのです。私の場合は余ったキャベツを糠どこに漬けています。白菜漬けは塩と昆布と唐辛子を入れて漬け込みます。この乳酸キャベツも白菜漬けと同じもので、味付けに唐辛子以外にローリエトカクミンとかクローヴとか混ぜ込んで、ハイカラ風に変えています。井澤由美子は巻末にご本人の写真が載っています。別嬪さんです。男にとって、別嬪さんと料理上手が同居している女性ほど、好ましいものはありません。往々にして料理上手は見掛けが悪いものが多い。女性は自分の様相が悪いのなら、それをカバーするためにこの方面で努力するのでしょう。繁華街のクラブの女性の中には自分の家に包丁を持たないものも多い。家で料理をすることもないのでしょう。叶姉妹のように自分の美をアップすることで、おのずと料理などの面倒くさいことは他人がやってくれると考えているのでしょう。高知と一緒に捕まったレースクイーンの女も乳酸キャベツレシピでも学んでいれば、覚せい剤など使わなかったのではないかと思われてなりません。
金もないのにこのような本を読んでも仕方ありませんが、アベノミックスがお札をバシャバシャ刷って、カネの価値をなくし、国の借金をチャラにしようと画策しているのだと聞くにつれ、たとえ少なくとも何とか防衛しようと思うような気になります。大金持ちたちは資産をドルで預金をしたり、海外に住居も移しているようです。そのような芸当の出来ない私は株でもやってみるかということしか思いつきません。元将棋指し・桐谷の優待株生活を読んでみて、たとえ株価が下がろうとも、銀行の利子と比べたら、雲泥の差があることを知り、食べ物商売をやっていますから、米でももらえば、店の仕入れのたしになると思うことです。後何年も生きることが出来るかどうかわからないのに、まだこのようなことを考えるということは、何と私は欲深い男なのであろうか。思わず苦笑したりしますが、私も死に際にあって、猛烈に賭博心が巻き起こっています。たとえ年金で溜まった100万円ほどが蒸発しようとも、一か八かやってみようという気になって、インターネットで○○証券の口座を申し込みましたが、細かい文字を読むことが面倒くさくなって、郵送にしてもらいました。しょっぱなからこのようなことでは先が思いやられます。多分証券会社にいいようにされるのではないかと思われます。
人口減少が起こっている日本で、「成長戦略」を基本に据えているアベノミックスは間違いではないかと言っています。
「私は、成長の伸びしろを失った時代に、成長戦略とはどういうことなのか訝しがっているのですが、述べたように株式会社にとっては経済成長が生命線ですので、何としても経済成長してくれなくては困る。サイバー空間に新しいフロンティアを求める。グローバル金融の世界に投資して、本業以上の利益を確保する。そして、国内のフロンティアがなくなったのであれば、国外にフロンティアを求める。現物の市場の中に成長の伸びしろがないならば、国内に無理やりにでも、貧困層という成長市場を作り出す」
貧困市場というのはアメリカのサブプライムローンのことです。日本ではさしずめ釜ヶ崎の簡易宿舎が生活保護者のアパートになったようなものかもしれません。貧乏人を食い物にしているということです。金のない貧乏人すら、株式会社の目を通すと、数が多いだけに、個々にはしみったれた金しかないのですが、これが束になればバブルを起こし、いい時期に売り抜ければ莫大な利益が転がり込むと考えるのでしょう。
平川克美はかつて秋葉原に先端的な事務所を構えていたのですが、今は生まれ育った池上線の荏原中延駅の近くで喫茶店を開き、近所の商店主などが集まり、彼の言う定常経済を実践しているのでしょう。
この本のタイトルに対して、日本人だから円を使うのではないかと言ったら、偏差値の低い学生の答えでありましょう。東大卒の答えはもっと複雑で、象徴的な言葉が飛び交います。「評価」「信用」「格差」「自由」一万円札は肉も買えて、ひょっとしたら女も買えるのではないかと即物的に思っていたりすると、その先一歩も前に進みません。教養とは遠回りする力です。まず一万円札は単なる紙切れだと考えてみる必要があります。普通なら紙切れだと松坂牛の肉と同価とは考えられません。お互いそれに見合う物で交換し合うでしょう。米30キロを持って行き、肉と交換しますが、毎度米30キロを担いで持っていくことは大変なことです。それでこの紙切れに「信用」を吹き込むと、あら不思議、肉と交換できます。お金とは「信用」とか「信頼」の象徴なのです。でも最近の日本や欧米の成熟した社会では絶対的なお金の「信用」度が揺らいでいるようです。今までの貨幣経済ではカネを稼いで、貯蓄や投資をし、大いにそのための労働に時間を使い、うまくいけば働かないでも「自由」に遊んで暮らせることができるようになるのが理想でした。今の若者はあまりにも格差がつきすぎて、もはやこのような無益な努力をしたがりません。まるで落語の世界になっているのです。江戸の長屋で昼間からぐうたら寝込んでいる店子を見て大家が説教します。若いのに今働いてカネを稼がないと安気な生活は出来ないぞと言えば、店子は「今その安気な生活をしています」このようなことをこの本では「自由時間経済学」といって、もはや今までの貨幣経済が旧式になりつつあるのだと言っているようです。
1989年バブルがはじけ、それから「失われた20年」ということになっていて、日銀の政策がデフレをもたらし、日本の停滞を招いたのだという人もいました。日銀の総裁が黒田東彦に変わって、以前の緊縮から今ではお札をたくさん刷っています。これによって株価は少し上がりました。円安にもなりましたが、今現在円はドルに対して101で以前より円高になっています。株価も16000円台ちょっとで足踏みしている状態です。常識としてはお札を刷りすぎて市中に出回ると、インフレが起こり、預金していても利子以上に物価が上がるので、物を買ったり、投資するようになると言っています。すこし物価は上がったようですが、消費が増えているようなことはないようです。私も商売をしていますから、何となくわかるのですが、サラリーマンなど自由に使える金は以前ほど多くなく、ますます少なくなっているのではないかと思われます。給料はあまり増えておらず、税金や社会保険料などがあがって、確実に可分所得は減っているというのが実感です。日銀が留めもなくお札を刷りあげていると、そのうち敗戦後のハイパーインフレになるのではないかと心配です。ジンバブエのように一兆円のお札も出来るかもしれません。その一兆円ですら菓子パン一個も買えないかもしれません。物価は上がり給料は増えないというのは大方のものにとっては地獄になることでしょう。マイナス金利なども出てきて、今後の日本がどうなるかさっぱりわかりません。後2,3年で緩和バブルの結果がわかるでしょう。