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宗教には断然教祖も必要ですが、それ以上に教祖を盛り立てる使徒と熱狂する女性もいないと成り立たないと思われます。キリスト教の12使徒に当たるのが従兄弟のアリー、マグダラのマリアに当たるのがムハンマドの年上の妻ハディージャ、それに幼な妻のアーイシャであろうと思われます。猿の世界でもそうですが、ボスはただ強いだけではボスにはなれないようです。オスにもメスにも頼られるような猿がボスに認定されるのです。そのためには教祖やボスは大いなる悩みを抱えなくてはなりません。ムハンマドも商売ではそれなりに儲けていましたが、何か物足らなさを感じ始めます。そこで洞窟にこもって瞑想し、精神的変異を経験し、やがて神が乗り移るようになります。誰しも自分がどうなるかの不安を抱えています。大方の者が日常生活に没するようにして、その不安を浮上させないようにしています。教祖やボスはその不安を顕在化し、別の視点からそれらの解決方法を表現化することで、他の人々から大いなる賞賛を受け、同時に帰依されることになります。年代を重ねるごとに解説者も増え、教祖の考えは体系化され、ますます緻密になっていくのでしょう。それからまた異端の考え方も出てきます。コーランでの「ジハード」という概念もイスラミックステートの敵を殲滅するといった過激な考え方もありますが、精神的な精進ととる流派もあるのです。
私もトシをとったせいでなかなか風邪が抜けませんでした。免疫が落ちているのでしょう。漫才師サンドイッチマンのコントを見て笑い、免疫を付けようとしたのですが、思うようにはなりません。笑うことすらしんどくなります。健康でないと笑うこともままならぬということです。元気であるから笑えるのであって、そうでないとき無理に笑おうとすると、かえって症状は悪くなるかもしれません。風邪の時は家にじっとしていることが一番いいことかもしれません。この本でも書いていることですが、せいぜい一時間笑うことで、免疫力が高まり、それ以上笑うと免疫力は落ちてしまうとあります。
糞の組成を調べてみたら、「便の固形分の60%が水分、20%が腸内細菌とその死骸、15%が超粘膜細胞の死骸、残りの5%が食べかす」だそうです。人の幸福度は腸内細菌の数によって定まるといった趣旨のことを藤田は別の本でも書いています。腸内で悪玉菌がふえるとウツにもなると言っています。腸は第二の脳であるということだそうです。下痢や便秘をしている人間には全うな考え方が出来ないということになります。もれそうなときには簡単な計算も出来なくなるということは確かです。ブッタの言う「正思」も規則正しい排便が伴ってこそのことであり、そうでないときは大概間違った考え方をしていると思ったほうがいいでしょう。ブッタはまた「一切衆生悉有仏性」とも言い、悪玉菌がいるからこそ善玉菌にスポットライトが当たり、日和見菌がそれらのバランスの上で態度を決めているといった世界が広がっています。だから悪玉菌がないと善玉菌も活躍できないかもしれません。藤田も言っているように、あまり清潔になりすぎるとアレルギー疾患が増えるという意味は、悪玉菌でも食さないと免疫組織が育たないし、悪玉菌が見つからないものだから、かえって未熟な免疫組織は自己を攻撃するようになってくるということになります。ブッタの慧眼は最新の医学まで達していることがわかります。「一切衆生」どのような些細なものでも意味はあるのだということを2500年前に考え付いたのがブッタです。
この上巻では、マーク・トウェインがミラノにあるレオナルド・ダ・ビンチの「際顔の晩餐」を見る有名な箇所があります。損傷が甚だしく、ナポレオンがイタリアを征服した時、この部屋に馬を繋いでいて、その馬が蹴って、この絵の使徒たちの足の部分をはがしてしまっていたと記しています。他の人がこの絵の前で感激するほど、マーク・トウェインは感激していません。
『「最後の晩餐」の絵について、あれこれと文献を読み漁った上で、それがかつては、実に稀代の名画であったことに、納得できた。しかし、それは300年前の話なのである』
またこのようなことも言っています。
「衰弱して、目も見えない、歯が抜けて、瘡蓋の痕のあるどこかのクレオパトラ見て、何と絶世の美人だろう!実にすばらしい人間だ!この表情はどうだ!という人を、諸君はどう思うか。・・・諸君は、それらの人々は、既に過去のものになったものを、今まのあたりに見得る、驚くべき才能に恵まれている、と思うであろう。私が最後の晩餐の前に立って、人々が、彼らが生まれる百年も前に、表面から消えてしまっている驚異と、美と、完全とを、頓呼法で呼びかけるのを聞いたとき、私もちょうどそんな風に思ったのである」
我々大方は権威と金銭に弱いものですから、ピカソの絵を見てそれが何十億円もするときくと、わけがわからないでも、ヘヘーすごいものだと感心する精神構造になっているようです。付和雷同が我々の常です。考えないでいいほど楽なことはありません。その点マーク・トウェインはひねくり者ですから、田舎ものと言われようと、意に介しません。
「イタリアを旅行して、絵のことを語らずにはいられない。しかも、他人の目を通して、絵を見るなんてことが、どうして私にできよう」
「朝鮮雑記」は1894年に日刊新聞「二六新報」に連載されたものをまとめたものです。李朝末期の朝鮮の状態と日本との係わり合いが記録されています。その当時から日本人は快く思われていないようです。「倭寇」と豊臣秀吉の朝鮮出兵が災いしています。本間九介も1919年の3・1独立運動の際、暴徒によって殺されました。朝鮮合併後本間九介は諜報部員として働いていたのかもしれません。
朝鮮での日本人商売人と中国の商売人の違いをこう述べています。中国人は小さな利益を求めてコツコツ商売するが、日本人は一か八かの商売をしたがり、結局中国人は金を溜め、日本人はその後塵を拝していることになっていると言っています。また日本人は「蛇に咬まれた時の毒害に万金丹を塗り、睾丸炎に解熱剤を与え」旅の恥はかき捨てと言って意に介さない旅行者が増え、ますます朝鮮人は日本人を信用しなくなっていると言っています。福田某の商人にいたっては、京城(ソウル)で馬を下りて歩かないといけない場所で馬に乗ったまま通り過ぎようとしたので朝鮮人の怒りを買いましたが、反対に懐から銃を取り出し、蹴散らし、なおかつ役場に行き、自分を包囲した朝鮮人の逮捕を求めました。役場は仕方なく日本人には「不都合のない」とのようの訓令を出したということがあったそうです。
瀬戸内海や山口や九州の漁民が朝鮮の海岸に行き、魚を獲っています。日用品、例えば米などを買うために獲った魚を売るのですが、朝鮮人は足元を見て、決してまともな値段では買わないそうです。本間九介はこのような朝鮮人の「圧制無礼」に憤り、日本の壮士に朝鮮に来てもらって、米や味噌を売ってほしいと提案しています。今から考えると朝鮮には漁業権など一切ないということがわかります。国力のない朝鮮は相手の弱みを握って安く魚を買うしか方法はなかったのでしょう。
本間九介には封建制にまみれた朝鮮を何とか近代化させようという汎アジアの思想もありますが、この漁民の問題でもわかるように植民地化を狙っている傾向もあります。やはり本間九介も19世紀という時代の枠にはまった人間であるということがわかります。
毛沢東の2番目の妻・楊開慧とその子供、岸英と岸青の話を聞くと、涙が出る思いだ。楊開慧は毛沢東から離縁されたということだが、二人はそりが合わなかったのか?楊開慧が蒋介石の国民軍に捕まり、処刑され、二人の子供は辛うじて逃げ出し、上海で浮浪児になります。路上生活中、警官に小突き回され、弟の岸青は警棒でこっぴどくなぐられ、後に精神統合失調症になっています。その後兄弟は毛沢東に会いますが、ソ連の赤軍に送り込まれます。帰って来てからも、息子として処遇されなく、毛の苗字を名乗ることを禁じられ、中国の軍隊でまた一から再教育されます。毛沢東の農地改革で、百姓になったりもしています。最後には兄の岸英は朝鮮戦争で戦死しています。それに引き換え江青との間に出来た女の子・李訥はもっとも毛沢東から愛されました。総じて共産国の独裁者は娘には甘く、息子には冷たいようです。スターリンもドイツ軍の捕虜になった息子とソ連に捕まったドイツ高官との交換の話を蹴り、息子をドイツの刑務所で死なせています。愛されなかった息子は可哀想ですが、そうかといって溺愛された息子も、とくに独裁者の場合は問題があります。フセインの息子ウダイとクサイ、もうこいつらは怪物です。贅沢三昧で高級車が500台も持っていたそうです。拷問好きで人間を痛めるのを無常の喜びと感じているようです。兄のウダイは公式の席で、父フセインに若い女性を紹介した料理長を刃物で刺し殺したこともありました。映画にもなっていましたが、町で出会ういい女は皆兄弟によって強姦されているような感じでした。いわれのないことでアメリカにいちゃもんを付けられ、一方的に攻撃されたフセイン・イラクに同情したこともありましたが、このような話を聞くと、これではイラクの国民はたまったものではないと思われ、この王朝が崩壊するのはいか仕方ないと思うようになります。とにかく独裁者の子供は大変だということです。独裁者でなくても、有名人や権力のある人の息子や娘たちは自分の身を律するのが非常に難しいことがわかります。そうでなくても若い頃は身を過ちやすい。それに親が人に知れた人物なら、それだけバッシングも強くなる。生き辛いことはなはだしい。
「平凡は気安く生きるよき手当て」