[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
日銀のマイナス金利政策はかつてフランスで起きた、ジョン・ローのミシシッピ会社のバブル崩壊と同じことになると解説で野口悠紀雄が言っています。殺人犯で脱獄者ジョン・ローがフランスにやって来て、ルイ王朝の財政担当大臣になって、お札を刷り上げて、この会社の株を買わせ、やがてこの会社の株がくず紙になったことがありました。これに懲りてフランス人は紙幣を信用しなくなり、金で資産を保有する癖がついたと言われています。紙幣が金の交換できるときはまだ理解しやすい。1万円で金が何グラム換えられるといわれるとわかりやすい。しかし現在ではほとんどの国で金の裏打ちがなくなっています。高度成長時代、インフレーションでカネの値打ちがドンドン下がっていきました。現在でも少しずつカネの値打ちが下がっているようです。預金をしていても目減りするだけになっています。安倍政権は国民の貯蓄をミシシッピ会社のようなものに投資しろと促しているのでしょうか?マネーが理解できなくなったのは、これ以外のも複式簿記も考えられます。為替とか、保険とかも複雑にします。最近の金融商品も素人でも玄人でもはっきりとわかる人はいないのではないでしょうか。
「金融市場は人間を写す鏡であり、私たちが自分自身や自分たちが取り巻く資源をどのように評価しているかを常に示している。人類の欠点が、美徳と同じようにあからさまに映ったとしても、それは鏡のせいではない」
カネは汚いというのはそれを扱う人間が汚いということになります。カネは単なる紙切れでしかありません。それをどう思い込むかは各人各様の生き方が関係してきます。日本では「汚くもうけてきれいに使う」というカネにまつわる金言があります。多分この意味は、汗まみれで労働し、稼いだカネを飲み屋のネイチャンの前で気前よくぱっぱっとつかうことだと思われます。飲み屋のネイチャンのまえでなくてもいいのですが、女のためにカネをつかうということでもあります。ところが現在汗まみれで働くことは忌避され、私は商売していてよく見ることですが、女連れの客でも若い連中は割り勘になっています。オレが全部面倒を見てやるといった男はいません。いまや男の気概といってもショウもないことになっているのかもしれません。
マーク・トウェインの「講演」とは、今の作家の「講演」とはえらく違うものだそうです。漫談家のような芸人の芸です。日本でいえば早野凡平というボードビリアンのようなものです。この芸人は風呂敷のようなものでナポレオンの帽子を作ってみたりしていました。
マーク・トウェインは都合3回の海外旅行をしています。「地中海遊覧記」、「ヨーロッパ放浪記」、「赤道に沿って」が作品になっています。「赤道に沿って」の途中で彼は60歳の誕生日を迎えています。アメリカ大陸横断し、それから船でハワイへ、でも疫病が発生していて上陸できませんでした。オーストラリア、ニュージーランド、インド、南アフリカ、そしてイギリスにたどり着いています。今ほど快適な旅行でないのですから、マーク・トウェインのトシでよく出来たものだと感心します。おまけに行く前から足にできものが出来ていて、旅行の途中で手術しています。妻のオリヴィア、娘のクララも一緒について行っています。クララがインドでのマーク・トウェインの癇癪を記録しています。インドのホテルの召使たちはドアもノックせずに入ってきて、何かと世話を焼きたがります。チップ欲しさからですが、これに対してマーク・トウェインは怒鳴ったりしています。この本では、ホテルの支配人のドイツ人が現地のインド人の従業員を殴ったりしているのを見て、マーク・トウェインがびっくりしたということも書かれています。19世紀初頭は欧米人の横暴が世界にまかり通った時代なのでしょう。マーク・トウェインが新聞記者をやっていた若い頃、アメリカに出稼ぎした中国人が白人に殴られているのを見て、それを記事にしましたが、新聞社はこの記事を載せませんでした。マーク・トウェインはこのような不正には我慢できない人だったのでしょう。晩年妻や娘たちに先立たれて悲観主義者になります。妻がなくなった後、秘書のイザベル・ライアンがマーク・トウェインの世話をしますが、クララが書いた本には一度足りとライアンの名前は出てきません。二人は仲が悪かったそうです。どうもマーク・トウェインとイザベル・ライアンとは男と女の関係になったようです。娘としてはそのような女は赦せないでしょう。おまけにマーク・トウェインは近所の美少女たちを集めて、自宅で遊ばしていました。これも評判よろしくないもので、彼が大作家ということでやっと表向きには何もないようなことになっていました。
「私は1835年にハレー彗星とともにこの世にやってきた。ハレー彗星は来年またやってくるが、私も一緒に去ってゆきたいものだよ。ハレー彗星と一緒にこの世を去らなければ、一世一代の悔いとなるだろうね。全能の神は明らかに言ったのだ」
まさしく1910年4月21日に亡くなっています。トウェインには三人の娘がいましたが、長女のスージーがまず亡くなり、次に愛妻のリヴィー、それから末妹のジーンが亡くなりました。トウェインを看取ったのはこの本の著者・次女のクララです。クララは音楽家と結婚して一女をもうけますが、トウェインの孫は自殺してしまいました。もはやトウェインのDNAを引き継いだものはこの世にはいないのです。
トウェインは大金をもうけた時もあり、破産しかけたこともあります。破産しかけた時住処をヨーロッパのイギリス、ドイツ、イタリア、フランスに移したりしています。我々から見ると何と優雅な夜逃げだと思われます。事実、どこにいてもトウェインは有名人であり、王族から招待もされています。召使も一緒について行っていますから、日本のような多重債務者の夜逃げと全く違うようです。トウェインの有名ぶりは、国王が通るというので横断禁止になっていた道で、トウェインを知っていた警護隊長がトウェイン家族を通したことでもわかります。日本ではこうはいかないでしょう。そうした気のきいた隊長がいても、その隊長はきっと懲戒免職になるでしょう。
ラジオやテレビのないトウェインの時代、最も歓迎されたのは「講演」です。トウェインもこれによって借金を完済したのです。講演者としてのトウェインはスター並みの扱いを受けています。講演料も高かったのでしょう。講演のためにオーストラリア、インド、南アフリカを回る世界一周の旅もしています。
トウェインはカネにはうるさかったといわれています。召使が馬車に乗ってその料金を高く吹っかけられたということを知って、トウェインはその御者を訴えて裁判したことがありました。その御者は免許を取り上げられてしまいました。当時としてはこのようなささやかなことで裁判する人はいません。その御者がトウェインに家族がいて免許がないと食えないのだというと、トウェインはすぐさま警察に掛け合って免許を取り戻させたそうです。破産しかけてカネのありがたさを身にしみて感じていたのでしょう。冷酷のケチケチ男ではないようです。
NHKの「日本の素顔」はもともとラジオでやっていたそうです。当時に聞いたわけではないと思われますが、藤倉アナウンサーが街のパンパンにインタビューしているラジオ番組を聴いたことがあります。当時をふりかえる番組であったかもしれません。そこではパンパンを取り仕切る姉御がいて、映画にも歌謡曲にもなっています。「こんな女に誰がした」と歌詞にあります。戦後生き延びるためには誰もが体裁など構えて生きていけない状態であったのでしょう。
テレビで「日本の素顔」で一番印象に残ったのは水俣病のことです。水俣の魚を食べた人たちの手が震えているのが写っています。猫もまともに歩けません。工場が垂れ流しした水銀によるものです。それを会社側は認めようとしません。何年か経ってからようやく認めましたが、このようなことを知ると当時の日本は今の中国のようなもので、今は中国を馬鹿にして笑っていますが、果たしてそのようなことが言えるご身分であるのかと突っ込みたくなります。カネミ油症など、電気の絶縁体であるPCBが入っていました。森永の粉ミルクには砒素が入っていました。川崎のスモッグも今の中国の北京のスモッグに負けていませんでした。
何といっても感動的なものは「シルクロード」です。喜多朗の音楽にはしびれました。これをきくと私がシルクロードを旅しているような気になります。音楽で言えば「新日本紀行」のテーマ曲もかつての日本を感じさせて、あの貧しい日本が偲ばれて、思わず涙ぐんでしまいます。NHKは何かと問題はありますが、我々テレビっ子団塊世代の頭にはテレビを通した記憶が数多くアーカイブされているのです。
今日はアメリカ大統領選挙のスーパー・チューズデーです。トランプが大統領候補になり、大統領になったら、世界は滅茶苦茶になるでしょう。日本をやっつけるといった演説もしていましたが、日本はアメリカの同盟国ではないのでしょうか?中国と間違っているのではないのか、気は確かかと問いたい。アメリカは重力波を検出した科学力をもっているところもあるが、いまだに聖書を信じて進化論を教えることを禁じているところもあります。西部劇にでも出てきそうなトランプのような人も大統領候補になったりします。このような人に核搭載のミサイルの発射ボタンを任せたら、どんなことになるか?
宗教色は薄れたといっても、欧米人の経済学の思考の背景には、新旧聖書の考え方のバックボーンがあるということを島田は言っています。リーマンショックで、国の税金を銀行に投入した後、銀行の幹部が膨大なボーナスを取っていたことが発覚しました。非難されましたが、誰一人としてボーナスを返上した幹部はいませんでした。これも旧約聖書のノアの箱舟の話が彼らに染み付いているからだそうです。つまり「選ばれし者」ということで、これらエリートに「選民意識」があり、神に選ばれて者であるから、他の人間がどうのこうのと言おうが関係ないということになっているのです。
かつての上海の租界地では「イヌと中国人は入るべからず」と書いた看板があり、欧米人は中国人を自分たちと同等ではないとはっきりと明言していました。イヌにまで貶められた中国人は今に至っても欧米人のボスの前ではヘラヘラして面従して何もしないそうです。日本人がボスだったら、はなから中国人は言うことをきかないそうです。かつては日本を「倭国」(ちび人間)と呼びならした中国人にとって日本人が威張ることは我慢できないのでしょう。アメリカインディアンも他国の土地を自分の土地であるという西欧人の強欲な神の考え方に驚いています。これら一神教に長いこと浸かっている欧米人は思考には唯一自分たちだけがまともな人間であり、自分たちが救われる人間であり、他は地獄におちる人間だと思っているのです。ですから終末を、ハルマゲドンを願い、経済恐慌が起こっても自分たちだけは助かると信じている節があります。