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マイナス金利というものが出てきて、預金しても利子などつかなくて、かえって保管料を払わないといけないのかと思いましたが、そういうことはないそうです。しかし利子の利率は下がってしまうということになります。いまでも100万円預けても100円にもならないものが、今度は10円くらいになってしまいます。もはや日本の銀行への貯金の意味はなくなっています。たんす預金の方が安全かもしれません。自分のカネの出し入れも手数料をとっていますから、かえって銀行を利用することは損になります。私の場合、10円玉や5円玉、1円玉が溜まるので、それをまとめて銀行に預けようとしたら、ある限度を超えたらこれもまた手数料を要求されました。送金するのも法外な手数料をとります。日本の銀行はこのようなセコイやり方でカネをもうけているのでしょう。この本でも外国の銀行の口座を持つことを薦めています。日本円で資産を持っていても目減りするだけだそうです。ドルで資産を持つことを推奨しています。日本の金持たちは資産を海外に移しているそうです。日本は衰退する国で、やがて先進国の枠から外れていくことになるといわれています。もはやこのような国にはビジネスチャンスがないということです。円安も国力の衰退を意味するもので、一部の輸出産業にはいいかもしれませんが、全体的に見ると、輸入するには今まで以上にカネがかかるので、何もかも値上がりし、中間層、貧窮層には困った状態になります。私も商売していますから、仕入れが以前と比べてビックリするほど高くなっています。おまけに消費税もあがり、そのくせ売り上げは上がっていません。これでも何とか商売を続けられるのは、私が老人であり、欲望が少なく、何ら欲しいものがなく、ほとんど食事以外カネを使うということがないというためです。そうはいってもいつ何時大金が必要な時がくるかもしれません。私は「貧困爆弾」を抱えながら、びくびくと生きている状態であります。ある面、今の私の状態が今の日本とそっくりだということになるかもしれません。私は親から引き継いだ商売を継続しているだけであり、いまや「ガラパゴス」状態になっています。何らイノベーションをしたこともなく、旧態のままであり、それを「昭和の雰囲気のある店」と自慢しているのが大いに問題です。ほとんど固定客しか来ず、その固定客も年老いて死んだり、定年を迎えたりして段々来なくなります。このような状態は今の日本の少子化と老人社会ということになります。いづれにしてもどちらも消滅することは確実なようであります。
ユーモアはその時代背景を知らないとなかなか理解しがたいということがわかります。「良い女の子へのアドヴァイス」で「あなたは小さな弟のチュウインガムを力ずくで奪い取ったりしてはいけません。川に浮いた砥石に二ドル50セントが乗っているのを見つけたら、まずそれをあげるからと約束してだますほうがまだいいでしょう」で、ちょっと笑いました。これは時代背景を知らないでも笑えます。しかし「フィッツ・スマイスの馬」や「わけあり文章の解説」などは、解説文を読んでこういうことかとわかり、落語のオチをその場ではわからなく、とうぶんたってこういうことかとわかり、自分の頭の鈍さに苦笑いするといったようなものです。「ライリー 新聞特派員」で、ストーブで焼け死んだ黒人女性を「ウェルダン、よき忠実な召使よ」と墓碑銘に書いたどうかという文章になっています。いくらトーウィンが黒人に親しみを持っていたとしても、これはひどいものです。「ストームフィールド船長の天国訪問」は本邦初全翻訳ということで、これは1870年頃はやっていたエリザベス・ステュアート・フェルプスの「開かれた門」のパロディだそうです。欧米人の天国のイメージがこういうものかということがわかります。天国では地球上で靴屋屋や仕立て屋をやっていた人のほうが、地球上では偉い人よりも、上位についています。どういうわけかというと、ホメロスやシェイクスピアが思いつかないような詩をかいていたが、活字しようとしなかったからで、地球上では認められなかったが天国では高く評価されているということになっています。
モンゴルでまず思い起こされるのは大相撲です。かつての横綱・朝青龍や今の横綱・白鵬に対して、「品格」がどうのこうのといった意見があります。健悦さんはこれは日本人のいじめだと言っています。私が思うに、「品格」をどうのこうの言う人は言われている対象に対して、自分がより上を行っていると思わせたい人が言うのであって、はっきり言って言う人と言われる人の差はそうたいしてないということです。本当に品格のある人はそのようなゴミみたいな差を超越していますから、「品格」がどうのこうのとはなから言わない人です。モンゴルは発展途上で貧しい国であります。その貧しさの中から日本に出てきて、相撲で勝つことで金を稼いでいるのです。その金を国許に送り父母・親族の生活を支えているのです。何と涙が出るくらい甲斐甲斐しいことでしょう。かつて日本も「おしん」の時代がありました。その当時は「品格」もへったくれもなく頑張っていたのです。大根飯を食って、歯を食いしばって生きていたのを、「品格」がないと言われたらどのような気持ちになるでしょう。モンゴル力士をけなすより、日本人力士の不甲斐なさを叱咤すべきす。それにモンゴル力士が優勝したら、モンゴル国歌を流すべきです。「国技」と言って、狭いところに安住してはいけません。もっとインターナショナルにならねばなりません。ソ連の力士が優勝したら、ウクライナの国歌を流すべきです。あくまでも「国技」と主張するなら、相撲の起源を知るべきです。それは神と相撲してわざと人間が負ける八百長相撲をして、五穀豊穣を願うものであったのです。それはスポーツではありません。儀式なのですから、神におべんちゃらをして喜ばし、豊作をもたらしてくれることを期待するものです。だったらモンゴル力士にチッター負けて日本力士を喜ばしてやれよと堂々と言うべきです。変に「品格」を持ち出さなくても、相撲は儀式なのだから、皆が和気藹々と平和に過ごすためには、わざと勝ったり負けたりして、星勘定をしっかりと記憶し、隔たりのないようにしなければならないのが相撲であると教えるべきです。だから「情の競技」であって、「力の競技」ではないと肝に銘じべきです。
老人をビルの4階から投げ落とした介護要員の男がいました。彼が中学校でブラスバンドに入り、将来はこの方面で活躍を夢見ていたということが報道されています。どの世界でも華やかでゼニの取れる人間は少数です。野球もしかり、歌謡界も、年に何億もの収入があるのは数えるほどしかいません。このような狭き門に殺到するよりは、東大の入試を目指したほうがもっと成功の率が高いでしょう。しかしながらこの芸能界は若者をひきつける何かがあります。私も若い頃坂本九がテレビに出たとき、にきび面のお兄ちゃんがやれるくらいのことはオレにだって出来るとおもったくらいですから。戦前と違って、普通のお兄ちゃんやお姉ちゃんのような人がテレビに出ていた時代です。もちろんテレビそのものが素人の世界で、戦前のように美男美女を揃えた映画の世界と根本的に違っていました。そうは言いつつも、テレビに出る人たちは我々有象無象よりは一歩も二歩も前に進んでいた人たちです。ポップス一つをとっても、アメリカではやった曲を日本歌手が真似て歌い、それによって我々は時代の流行を追うといった具合です。「悲しき街角」などまず飯田久彦が歌っているのを聞いて、それからアメリカのデル・シャノンの「ランナウェイ」を知るといった按配です。弘田三枝子の「バーケーション」もコニー・フランシスのもち歌を歌ったものです。中尾ミエもそのような路線でいっていました。伊藤ゆかりはイタリアのサンレモノなどをパクっていました。要は当時の日本は今の中国のようなもので、アメリカのはやったものをまねばかりしていたのです。ロカビリー3人男もプレスリーの物真似です。クレージーキャッツのお手本もアメリカに実在するバンドです。
この時代の盛衰を見ると、いかにはやく新しい情報を掴むかにかかっているということがわかります。それを掴んでいち早く売り出せばトップに立てた時代です。
ブラットビットがユダヤの律法学者のラビを真似て、黒い帽子、黒い服、顔の回り中に髭を生やし、扮装して、ダイヤモンド会社の事務所からダイヤを盗む映画ありました。ダイヤモンドとユダヤ人との結びつきは彼らが放浪の民であったからです。紀元70年ユダヤとローマは戦い、エルサレムの神殿が破壊され、ユダヤ人は世界に散らばります。虐殺やら迫害にあいます。そのために国の状況が変わったらすぐ逃げ出せるように、小さなもので価値のあるダイヤモンドや宝石が彼らの命綱であったのです。逃れた先でそれらを元手にしてまた商売ができるからです。世界のダイヤモンドはユダヤ人がコントロールしているといっていいでしょう。ポーランドの副領事であった杉原千畝はポーランド系ユダヤ人にビザを発行し、ナチから逃しました。大戦後、杉原の息子はヘブライ大学へ国費で招待され、卒業し、やがてダイヤモンド業者になっています。
質屋、両替、金貸しなどもユダヤ人の商売です。いまでは国際金融はユダヤ資本が大本になっています。かつてシェークスピアに叩かれたベニスの商人も今や何を言われても動じない牙城を築いています。アメリカに渡ったユダヤ人は音楽、映画にもその才能を伸ばして生きます。歌手で有名なのはディラン、ポール・サイモントアート・ガーファンクル、バーブラ・ストライサンド等々。作曲家にはガーシュウィンなどアカデミー賞を取っています。今年のアカデミー賞もユダヤ系の俳優たちが多く推薦されていることでしょう。
化粧品業界もユダヤ人が主流を占めています。マックス・ファクター、ヘレナ・ルビンシュタイン、エスティ・ローダーなどです。
我々日本民族もいつ何時流浪の民になるかもしれません。原発が攻撃を受けて日本国土に住めなくなることも考えられます。中学高校と何年かけて英語を学んでも満足に話も出来ない日本人も、他国に住まわしてもらって、その地の人とコミュニケートしなければならないとなれば、すみやかにその地の言語を習得することができるでしょう。そうでなければ食い詰めることになるので、命がけで学習することでしょう。またユダヤ人を結びつけたのはユダヤ教とそれにまとわる律法があったからです。我々もそういったものが必要ですが、これといってそういうものが見つかりません。日本の創世記・古事記を読んでみても何を言っているのかよくわかりません。宮本武蔵の葉隠れもいいのですが、三島由紀夫のように早死にするような感じがするので、他国から迫害虐殺される前にいなくなっている可能性だって出てきます。しぶとく生き延びるためにはどうすべきなのかよくわかりません。やはり「ダサい」けど二宮金次郎を手本にするしかないようです。勤勉に労働と勉学をやることしか方法がないようです。