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小林拓矢は新聞社とかそういったもの職場を希望していたのですがすべて採用されませんでした。彼が卒業した時期は就職氷河期にあたり、いい大学を出てもなかなかいいところに就職できない状況でした。それにマスコミ関係は小林拓矢のように親が地方の自営業者で、それらに何らコネのないような子弟は単に出来がいいばかりでは入れないところです。読売新聞社、NHK,日経に内定し、読売に入社した彼の同級生がいましたが、この人物の親は「佐賀県の自民党の有力者の息子」だということでした。この人物は「東京本社政治部で小沢一郎の番記者」になり、ここで徒弟時代をおくりやがて政治家にもなるのでしょう。日本では目に見えない差別が巧妙に隠蔽されて、上流層は決して下流層には門戸を開かないで、自分たちだけで甘い蜜を吸っているのでしょう。税収を取り込み、視聴料を取り、購読料を取る連中はこれら下流層からカネをむしりとって、自分たちの牙城を強化しているようです。小林拓矢のような人物では「早大」というレッテルだけでは、水戸黄門の印籠ほどの価値はないようです。印籠が周りの人々を平伏させるのはそれが時の権力者を示す徳川幕府の系譜を表明するからです。我ら貧乏人はこれらの印籠に騙されないためには、それらにカネが流れていくシステムを破壊しないといけません。それにはまず利益をだすほど働かないで、税金を余分に払わないことです。新聞など取ってはいけません。テレビは受信機そのものを廃棄すべきです。といってもこのようなことは誰でも出来るわけではありません。はからずも私もテレビはあまり見ないのですが、自動的に毎年NHKの視聴料は取られています。前者二項はほぼ達成していますが、NHKだけが毎年2万円ほど支払っています。全国の世帯がNHKに毎年これほどのカネを支払っているとなると、NHKは秦の始皇帝ほどの贅沢ができていることになります。多くの美女のアナウンサーを雇い、NHK会長は私用のタクシー代も我々の視聴料から払わせます。これは中国の始皇帝には決してない、日本人のせこさを表しています。
官庁よりも官庁らしく、多くの体のいい生活保護者である天下り役人を受け入れ、自分よりの政党には莫大な献金をし、大手マスコミには飴である宣伝料を払い、その費用をすべて電気代に含ませ、惰眠をむさぼっていたのが東電だと言っています。今回の大地震で震え上がって、起きてみたが、やることすべてが後手に回り、まるで第二次世界大戦の大本営の無能な参謀のテイタラクだったと嘆いています。
まず天下り役人ですが、監督官庁の通産省はもとより、多くの省から役人が東電に入り老後を楽しんでいます。年の報酬額はゆうに一千万円を超え、10年間くらいは在籍するようです。退職すればまたまた普通の会社員ではもらえないほどの退職金を受け取ります。やっている仕事はお付き合いのゴルフとか、全額会社もちの視察旅行とか、やることがないから新聞を読むとかをしているのでしょう。
電力業界の年間の広告費は3000億円になります。原発一基にだいたい3000億円かかりますが、これが稼動すれば年間「15兆円の電気料金収入」があるので、原発も広告費も「わずか2%に過ぎない」ということで、両者とも安いものです。ある電力会社では東大の原子力工学部の大学院生の募集に対して、正社員ではなく、3年間の派遣社員として待遇としてしか募集をしていませんでした。このようなところでケチり、安全神話を吹聴してくれる大手マスコミや政治家などにカネをばら撒いていたのです。社会の木鐸であると自任していた記者たちは、接待ゴルフ、接待マージャン、銀座クラブでの接待と気持ちよくされ、電力会社の都合のいい木鐸になり、原子力の安全をしきりに吹聴し始めます。中国の汚職社会を笑っておられる状況ではありません。日本では見えないところで中国以上の賄賂や汚職がはびこっているといっても言い過ぎではないようです。
我々が何気なく使っている『レストラン』という言葉も歴史的に見れば、今のレストランと原初のレストランではえらく違っています。レストランとはフランス語のレストレという動詞で「回復させる」という意味です。パリ革命前、外食産業の「隙間市場」として「スープ」を売り出した食料品店主がいたのです。その『スープ』を「回復させるもの」すなわち「レストラン」という呼び名で売り出したのです。レストランとは即スープなのです。
もともとフランスではポタージュという汁物がありました。英語でのスープはフランス語では「ソップ」(sop)で、肉汁に漬けるパンのことです。フランスではパンの入らないスープをポタージュと言い、パンの入ったものをソップと歴然と分けていますが、英語になると境目がつかなくなり、ポタージュはスープの気取ったフランス的な呼び方として使われようになったということです。
缶詰もそうですが、戦争が乾燥スープをもたらします。日本でも第二次世界大戦では乾燥味噌汁を作っていました。しかし米だけは飯ごうで炊いていたので、その煙でアメリカ戦闘機の爆撃の目標になってしまいました。パンと米ではその機動性に大きな差がありました。負けた原因の一つでもありましょう。
我々60歳以上の老人がこの本で見る限り非常に元気で、喜んでいいのか、嘆いていいのかわかりません。いまコンビニやスーパーなどの従業員の間では「老人を見たら泥棒と思え」という標語が飛び回っているようです。一人暮らしの男は刺身のパックなど万引きするようです。おばちゃんは一旦万引きにはまったら、まともに金を払うのがバカらしくなり、何もかも自分のバックに入れ込むようです。捕まったら、年甲斐もなく泣き、泣き落としを画策しますが、相手も素人ではありません。警察に通報され、孫や娘や息子をあきれさせます。
ストーカーは変質的な若い男かと思いましたが、いまや老人のストーカーが若者を上回っているということです。私もそうですが、いまだに女にもてるのだと思っていますから、この本で出ている女性がキスされた後、何度もうがいをし、手を消毒したという記述を見て、何と大袈裟なと思ってしまいました。しかし実際若い女性が気持ちが悪いと言うのですから、私も若い女性の手を握って手相を見ていますが、その後彼女らが家に帰って手を消毒しているとしたら、あまりモミモミしてはいけないなと反省したところです。ゲーテも晩年若い女の子に恋しましたが、何しろゲーテはワイマール国の重鎮でもあり、芸術の大家でありますから若い娘も喜ぶことでしょう。しかしカネもない、名もない、ただ助平心だけはある老人だったら、おとなしくこの老人のいうままにはならないでしょう。「この変態ジジー」と叫ばれるのがオチでしょう。
最近は熟女が人気で、AVに60歳以上のおばちゃんやお婆さんが俳優として出演しているようです。また歓楽街にはおばちゃんのキャバクラもあるそうです。それに病院の入院患者を物色し、元気そうな男を引っ掛けるおばちゃんの売春婦も顕著になっています。私はおばちゃんのAVも見たくはないし、そんなキャバクラも行きたくないし、60過ぎの売春婦も抱きたくありません。
多くの男の老人たちは「人生でやり残したこと」は「恋愛」だといっているようです。もちろんここには裏に「セックス」をも含ましているのでしょう。その対象はおばちゃんではありません。若いか、自分よりは二周りも若い女性との恋愛です。熟年者の合コンパーティーが開かれていますが、やはりカネのある男がもてています。女性はロマンチストではありません。いいモノを食わしてくれて、贅沢をさせてくれる男性が好みなのです。
私は生涯4輪自動車を買ったことがありません。またここ20年間、4輪自動車を運転したこともありません。原付のバイクが私の自家用車です。免許は普通自動車にも乗れるようになっていますが、少し練習しないと、直接街中に乗り出すことは出来ないでしょう。6000ccの12気筒で660馬力のフェラーリーを運転でもすると瞬時に事故を起こすでしょう。F1に出る車のマシンを搭載しているのですから、ちょっとでもアクセルをふかすと加速度でシートに押し付けられるでしょう。時速300キロはゆうに出るようになっているそうです。はっきり言って、このような車は日本にはふさわしくないでしょう。貧乏人だらけの日本でフェラーリーを運転するなどをすれば石は投げられないとしても、怨嗟と侮蔑の視線を投げつけられるでしょう。
フェラーリーのディーラーは売ってやろうと気持ちはないそうです。反対のお客の方が売っていただきたいと希うというシステムになっています。フェラーリー本社では日本には今年何台かを割り当てるという計画で、ほしいからと言ってすべての人の願望がかなえられるわけではありません。何しろ値段は3000万円を超え、オプションでゆうに1000万円近くもかかり、また故障もしやすく、維持費や保険など加味したら、年収1000万円以下では無理だとわかります。ボディーをいたずらでちょっと傷つけられ修理に出すと600万円かかります。
走る宝石ですから、本当は走ってはいけません。車庫に入れて時たまエンジンをふかすことで満足すべきです。フェラーリーだけは中古車価格が値上がりする唯一の車です。中には一億円を越す中古フェラーリーもあります。日本では本当の金持はいないので、貨殖の気持ちでフェラーリーを買う人もいて、値上がったら売ってやろうと思っているセコイ人が多いと思われます。欧米の金持ではフェラーリーは奥方の買い物のために使う車ということで、それも高級車が何台もありますから、フェラーリーだけを乗っているわけではなく、走行距離も上がらず、それらのフェラーリーが何年もたつと、オークションで高く売れるということになります。金持ちは金持であることで永遠に金持であり続けることが出来るようです。