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勝運にのっているときはアメリカ英語で「ホットハンド」と言います。うまく行く時は何事もうまくいくということです。それを体現いている人間はますます自分に自信を持ち、自分の才能をたのむようになります。億万長者になったのは自分の頭がいいからだとかんがえるようになります。しかし科学の目から見るとそれは単なる偶然からです。たまたま運がよかっただけです。たとえばコインを投げて裏か表を計数すれば、何万回すればほぼ5割になりますが、100回くらいでは裏が10回も続く時もあります。たまたま金持ちになったのはその10回分に当たったというときです。乱雑とか乱数とかのイメージは10回も裏が続くと言うのはおかしいと思い、続いても3,4回ぐらいだと思いたがります。ルーレットもそうですが、15回も黒が続くと、次は赤が出るだろうと思うのが人間の心理です。乱数では15以上も黒が続く時もあるのです。それが乱数や乱雑の真骨頂なのです。長い目で見ると平均的になりますが、位置的には隔たりが強く出ている時期もあります。そういうのが乱数なのです。
人間は予測不可能なランダムさ対処できませんから、自分に都合のいいようなストリーや神話を考え出します。それが「ホットハンド」であったり、「塞翁が馬」の話になるわけです。株も競馬も科学の思考で勝とうと思ったら、100%まるまる勝を狙わないで、50%少し超えるくらい設定して長い目でカネをはるべきです。そうして「ホットハンド」や「塞翁が馬」の話を信じている大方の人間の反対のことをすればいいのです。何事も人まねをしていてはその人以上にはなれないし、かえってひどい目に合うことが多いのです。どの世界に於いても人がやっていないことをやるのが、成功するかしないかは別にして、自分自身の神話を作り出すことになります。それからやがて彼は伝説になるでしょう。今はやりの言葉『レジェンド』になるのです。
納豆は二日おきに食べています。朝食で削り節とネギをいれ、付属のからしとたれを入れて食べています。何年もこのスタイルで食べています。糸を引いているのが外国人には受け入れられないのでしょう。腐っていると思っているのでしょう。発酵していると思ってもらいたい。納豆菌は土の中にいます。タイなどの東南アジアではバナナの葉とかその地に生える植物の葉で煮た大豆を包んでいます。中には新聞紙に包んで納豆を作っています。それなりに納豆が出来ています。葉や新聞紙に付着した納豆菌が作用しているのでしょう。中には灰をいれるところもあります。これは他の雑菌を殺し、納豆菌だけを生かすためです。それほど納豆菌は強いということになります。
日本では納豆はごはんに乗せて食べますが、東南アジアでは野菜炒めに入れたり、スープに入れたり、カレー汁の中にも入ります。調味料の一種として使われています。もちろん油で揚げて、煎餅のように食べたりもしています。
納豆の発生場所はどこかと探索していますがはっきり断定することが出来ません。ヒマラヤ山脈から東南アジア、中国、韓国にわたって納豆がありますから、範囲が広すぎます。大豆の遺伝子解析では黄河中下流域が栽培の「起源地」であるといわれていますが、果たしてそこで納豆ができたかどうかはわかりません。
納豆の起源などどこでもいいのではないかと思いますが、研究者にとってはこのささいな問題を究明することに生きがいを感じています。そのために雨で道路が寸断される危険な場所までも出向いていきます。どんなことでも未知の発見者は歴史に名を刻み込まれるでしょう。
永山久夫(食文化研究家)が言っています。「100年間生きたとしても、日数にすれば36500日、人生80年とすれば29200日です」「人生長いようでも、アッという間です」ついでに小林一茶の俳句を引用しています。
「ぽっくりと死ぬのが上手な仏かな」
その仏も弟子が料理した毒キノコで中毒死しています。やはり料理は人任せではいけません。自分で食べるものは自分で作らないと。最近高齢者の婚活が盛り上がっているそうですが、中には金目当ての男や女もおおいことでしょう。10人くらい殺した疑いのある女も捕まっています。結婚している人でも夜寝ることが怖ろしいと思っている人も多いことでしょう。寝ているときに洋酒のビンで殴られて殺されて男もいました。寝ていない時も、口論からのストレスで寿命を短くすることも考えられます。仲がいいようでも毎日塩辛いものを食べさせられて、DNAが命じる本来の寿命より短くされているケースもあるでしょう。やはり自分のことは自分で始末しないと長生きできないように思われます。人任せでは寿命も人任せになります。そうかと言って、孤独者は長生きできないという統計も出ています。一人寂しく生きていくのもストレスが溜まるのでしょう。しかし考えようです、自分の手や体や体内に共生している細菌がいると思えば、孤独感は薄まります。今日もすばらしいうんちをしたと確認すれば、腸内細菌が俺を支えてくれていると感謝の気持ちも起こります。何百兆個の細菌を抱えて生きていると感じると寂しさも感じなくなります。人は一人で生きているわけではありません。数多くの細菌に支えられて生きていけるのです。
私は若い頃はアメリカのポップが好きで、ポール・アンカ、セダカ、パットムーン、プレスリー、ビートルズなどを聴いて、歌謡曲は好んで聴いていたわけではありません。しかしこのトシになると日本回帰が起こってきて、美空ひばりの「リンゴの歌」を聞くと、思わずホロリとしてしまいます。私より10歳年上のひばりは生きていれば78歳になります。ひばりの後継者と見られて島倉千代子も2013年に亡くなっています。私が青春時代のお姉さまのタレント・歌手たちは大概死んでしまっているか、生きていても表に出てこないようになっています。私と同年代の三人娘・園まり、中尾ミエ、伊藤ゆかりなどがいますが、中尾ミエが「人生いろどり」という映画で出ていて、随分トシをとったなと思ってしまいました。自分のことを差し置いて、他人の老いを目ざとくあげつらうのはあまり品がよいと思われません。しかし中尾ミエがテレビのブラウン管の中で飛び跳ねていた頃のあのピチピチとした細身の体ではなくなっています。あれから50年も経てば何もかも変わるのはあたりまえです。しかし私の頭の中では青春時代の残像が強く残っていて、今の中尾ミエはミエではないと脳が命じています。タレントには酷ですが、天地真理や桜田純子はデビュー当時のままでいて欲しかった。のちのち出てこられて、幻滅を与えるよりは死んでもらったほうがいいのではないかと思ってしまいます。こう思うのもデビュー当時の彼女らが美しく可愛いからだったということです。人間の成長を無視する私の脳はアホといわれるでしょう。私自身もこのトシになっても少しも若い頃と変わっていないと思っています。たとえ外見が変わってきても、依然として私は若いままで、永遠に生きられると思っているほどです。数年まじまじと自分の顔を鏡で見たことはありません。一遍自分の顔を写真で自撮りしたことがありました。老人の顔があってビックリしました。さっそく私の脳は自撮りの写真を削除し、もとのままの若々しい自分の顔と入れ替えます。私は幻想の中で生きています。店に若い女性が来ると、私は妄想の中で恋人になっています。
マヒナスターズのマヒナはハワイ語で「月」という意味だそうです。マヒナスターズのメンバーも大方亡くなっているでしょう。
「雑誌の取材で、昼夜と贅沢なフルコースの日々がつづくこともある。そんな時でも、気になるのは。その国の人たちが手軽にたべているものだ。スポンサー付きのレストランでの食事は豪華であっても、記憶に残っていないものだ。不思議なことに旅を終えて、舌の記憶に深く残っているのは、ポケットの小銭で払えた食べ物が多い」
日本の食料自給率が今4割程度です。豆腐だって大方アメリカ大豆で作っているのでしょう。TPPに参加すると自給率が13%になる試算です。日本に住んでいても日本でできたものを食べることができないような状態になりつつあります。西川治が言っているように、地元にもともとあるようなものを地元の人たちが長年食べてきたように食べるのが最もおいしいということです。本の表紙にあるように、「もっとも安い食べ物がもっともうまい」ということになります。大手のレストランチェーンや大手の居酒屋の料理はセントラルキッチンで作られて物で、大量の添加物が加えられています。多国籍企業の食品企業は中国とか東南アジアに工場を持ち、腐った鶏肉をミンチにしてナゲットにしていたというニュースもありました。その点私のような個人店主や東南アジアの屋台の店主など、保存料とか着色剤とか気のきいたことは皆目わかりませんから、塩をきかしたり、唐辛子を入れたりするくらいしかありません。発色をよくするためには熱湯にくぐらすくらいしかありません。
今後日本人の平均寿命は短くなっていくという予想があります。若い頃から添加物まみれの食べ物を食べているとそれはおかしくなるでしょう。一見清潔そうに見えてもそこでは微生物さえも生きられない荒涼たる世界だとすると、まるで火星で食事をしているようなものです。