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彼の講演会の動画を見ました。収入は1000万円に届かないが、その辺まではいっているようです。1000万円を越えると会社にしたほうがメリットがあるが、いまのところ彼は個人事業主として税務署に届けていると言っています。「ドメイン代年980円、サーバー代年1200円」くらいで、彼は10サイトほど作り、そこから上がってくる収益は1000万円には届かないが、それ近くあるというのですから、まる儲けといえるほどです。講演会の動画で、彼は自分の二つのサイトを紹介しています。一つは舞踏のバレーに関するサイトで、世界のバレーダンサーの、踊っている動画を載せたりしています。そしてそのサイトでバレー学校を紹介したり、バレーに必要なシューズを宣伝したりしています。見ている人がバレー学校の入学を決めたり、シューズを買ったりするたびに、彼の預金通帳にマージンが入って来る仕組みになっています。もう一つは通信制の学校の紹介です。落ちこぼれや、いじめで不登校になった子供が多いので、いまや通信制の学校が注目されています。彼のサイトで学生がその通信制の願書を要求するたびに、彼の通帳には4,5千円のマージンが入ってきます。一旦立ち上げてうまく軌道に乗ると、自動的に彼の通帳にマージンが振り込まれるという仕組みなのです。ですから日本にいなくても、pcがあれば、世界のどこからでも自分のサイトを編集したり、新しく作ったりすることが出来、旅しながらも決してカネが足りなくなるという事態にはなりません。
坂口裕樹はうつ病で自殺も試みましたが、一念発起し、九州の旅館でアルバイトし、50万円ほど貯めて、大阪のドヤ街に住みます。そこでpc一台で「収益を上げるウェブサイト」つくりを始めます。2万から3万サイトを作り、やっと徐々にカネが入るようになりました。彼を勇気付けたのはヤクザの「中條」さんです。
「せや、漢にならんと、人の上には立てん。誰もついてこん。何もできん。実績を上げることはもちろんやけど、人の上に立てる漢の器かどうか、それが一番大事やねん」
坂口裕樹はこの言葉を「ひとりでも生きる力をつける」と考えたのです。
私も「パワートラベラー養成講座」に入会しました。そのうち私も世界を旅するパワートラベラーになっているかもしれません。
夫一人の給料ではやっていけなくなると、妻も働きだします。おのずと二人のパワーバランスが崩れます。顕著になるのは、料理です。妻にとって働いた後、料理などできるかということになります。旦那はテレビを見ているのに、なぜ私は台所に立って面倒くさいことをしないといけないのかという気分になります。不公平だと思います。それでデパ地下に行って惣菜を買ってきます。それかインスタントですまします。でも最近は家事そのものを放棄している妻が多いというのです。たとえ子供がいても一切料理を作らないという主婦が多くなっているそうです。それ以上に驚かされるには、これらの主婦が母親から料理の継承を受けていないということです。子供時代受験に追われて、母親の作ったものを食べるだけで、料理の技術を学ばなかったということになります。だから料理ができない人が多いのだそうです。「ビックリ水」と言われても何のことかわかりません。
男たちは母親が作ってくれた「おふくろの味」を求めていますが、今の妻たちはそのようなものは作れません。せいぜいインスタント食品をアレンジしたものか、デパ地下、スーパーの惣菜ですましてしまいます。とうとう男たちも妻を当てにしないで、自ら厨房に立ち懐かしい味を再製することに専心する人が多くなっていると聞きます。
私の店はもともとむすびだけでした。それが、ホステスさんがむすびのあてにおかずを作ってといわれて作るようになりました。ホステスさんもお客さんと寿司を食ったり、ステーキを食ったりしても、このようなものは何日も食べられるようなものではありません。時たま食うからおいしいのです。それが毎日だと飽きます。ホステスさんももともと上流階級の出身ではありません。ひじきや切り干し大根を常食する我々と同じ階級の出身者が多かったのです。時間が経ち、今の若者は「おふくろの味」の料理など食べたことがないのですから、私の店の苦境が判るような気がします。
私の店にはときたま料理人がきますが、たぶん私が思うに、割烹で料理人が作る料理など作った本人があまり食べたくなるようなものではないのでしょう。私の店で菜っ葉をあぶらげと一緒に煮た単純な料理を好んでその人は食べます。健康を考えたら、ほうれん草を湯がいて、かつおをふりかけて食べるといったような、もっと単純なものが一番優れているのかもしれません。だから料理人は凝った料理より私の店の単純な料理を食べるのです。本能に目覚めたら私の店に来るのではないかと思っています。グルメなるというものは病気になるための料理かもしれません。
ジャック・ロンドンの「荒野の叫び声」は犬の話ですが、人間と読みかえれば、豊臣秀吉と考えられないこともない。若いときから苦労を重ね、やっと織田信長に見出され、明智光秀に雇い主が殺されると、ちょうどこの小説の主人犬バックが主人を殴り殺そうとする荒くれ者を噛み付いた、というように。最後には狼の群れを統一し、覇者になります。まさしく豊臣秀吉の生き方と規を同じくしています。人間に飼いなされた犬がやがて野生をとりもどし、狼の群れの王になるという話です。豊臣秀吉も封建時代牙を抜かれた百姓の倅として育ちますが、主人の感化によって牙を取り戻します。
ジャック・ロンドンは1876年に生まれ、1916年自殺しています。少年期は新聞配達などをして苦労しています。このころのアメリカは西部劇時代の弱肉強食の雰囲気も残り、ゴールドダッシュの狂乱も沈静化した頃でしょう。ある程度社会が落ち着いて、貧乏人と富豪の格差も定まった時代なのでしょう。金鉱など発見して一挙に大金持ちになるというということはなくなります。ジャックロンドンも金鉱を探しにアラスカまでも行っていますが、金鉱など見つかるもなく、そのかわり「荒野の叫び声」の着想をえたということになります。
升田幸三は「いかにコンピューターといえども、世界中のものがタバになったって、とても高段者に対抗できる力がだせるはずがない」と言い、大山康晴は「機械に将棋をやらせたら、人間がまけるに決まっている」と言っています。どうも大山の方に先見の明があったようです。現在コンピューターソフトの開発者の一人は、ソフトは名人を越えていると言っています。羽生名人に勝つ自信があるというのです。チェスでは17年前に、チェスの名人を倒しています。負けて頭を抱え、歩き回るカスバロフが印象的でした。羽生名人もかつて平成17年にはプロに負けないソフトができるだろうといっていました。森内前名人は10年には出来ているだろうと言っていました。二人はいいところをついています。今年の電王戦ではプロ対コンピューターソフトの対戦成績は、プロ側は1勝しかしていません。5人のプロが対戦して、一回しか勝てなかったのです。
将棋連盟もタイトル保持者とコンピューターソフトの対戦を許さないでしょう。負けでもしたら、著しくプロの将棋指しの存在を疑われるようになります。「天才」ともてはやされた人もたかが機械に負けるようでは、たいしたものではないのと思われます。天才が蝟集する将棋界にたった1万円もしないソフトに負け出すようになると、タイトル戦で何千万円も対局者に払う必要があるのかと新聞社が思い始めるかもしれません。タイトル戦で3000万から5000万円出すのなら、強いソフトを入れて、誰もがこのソフトに挑戦して、勝てば1000万円進呈すると宣伝した方が、新聞社は購読者が増えてもうかるかもしれません。実際ニコニコ動画ではソフトに勝てば100万円進呈ということで、アマチュアの一人か二人がponanzaという将棋ソフトに勝て、100万円をもらっています。1000万円ならプロだって挑戦してくるでしょう。これによってニコニコ動画に視聴がガクンと増えたということです。
将棋24のサイトでは将棋ソフトponanzaを入れて、人間と対戦しましたが、ほとんど人間が勝てません。アマチュア高段者や奨励会の平均レートが2800点と言われていますが、このソフトは3000点を越え、3300点にならんかとしていました。
もはや棋士の存在理由は升田幸三のこの一言に尽きています。
「棋士とは、世の中になくてもいい職業のひとつだ。だから見る人に楽しさを与えなくては存在理由を失う」
名人になったこともある加藤一二三の最近のパフォーマンスはこのような将棋世界の危機意識を表したものであるともいえます。
この本ではまだ米長は、1年と9ヶ月後の自分の死に気づいていません。2011年3月11日まさしく関東東北大震災のとき、ホテルニューオータニの37階で対談したのがこの本の元になっています。新井薬師に夫婦が入る墓地を買って、まだ墓石は買っていないと米長は言っています。今では立派な墓石が立っていることでしょう。米長はこの本では70過ぎても生きているだろうと考えています。渡部に70過ぎどう生きたらいいのかを問うています。実際は69歳で死んでいます。盛んに70歳を自分の人生のピークにもっていきたいと米長は言っていますが、どのような賢者も自分の死期などわからないのだということがわかります。60も後半になると、生と死の壁の上を歩いているようなもので、一年一年どちらに転ぶかわかりません。私も米長の死の年齢に近づいていますが、朝目覚めた時、今日も生きていたと思うとなんだか得をしたような気持ちになります。米長はたとえ消化試合であっても全力で立ち向かわないと運が逃げていくのだと力説しています。洒脱であっても根はまじめなのでしょう。明治時代に翻訳されたスマイルの「西国立志論」そのものです。「天は自ら助くる者を助く」は世上で成功する一般的な「ルール」でしょう。渡部はこの「ルール」のほかに別の「ルール」もあるのだと言っています。一見無駄なようなものも一生懸命やっていると、思わぬところから運がやってくるというのです。米長では指し将棋にはあまり関係ない何百手の詰め将棋を解くこと、渡部では英語学には関係なさそうなドイツ語を習得したということに当たります。
私が思うには、もはや60を過ぎ70にならんかのとき、「運」などどうでもいい。運は波みたいなものですから、大波の上に乗っているときはいいのですがやがて否が応でも底に落ちるのです。年寄りはサーフィンなどしようなどと思ったらいけません。年寄りの冷や水どころか溺死してしまいます。せいぜい瀬戸内海、ここでもへたをするとタンカーが通ってその波で小船がひっくり返るかもしれません。だったら波のないところ、自宅にこもってじっとしているのがもっともいいことです。いずれにしてもそう長くはないのですから、じたばたしないで自宅で死の横演習をし、つまりウツラウツラしながら夢を見るとでもなく、そうかといって深刻にものを考えるわけでもなく、ただぼんやりと、自分の行く末、自分の終末を思い浮かべ、死ぬがごとく、眠りにはいり、いつの間にかその眠りが死につながったというのが私の理想郷になります。