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アメリカでもキャリアーウーマンになるよりは専業主婦になりたいという女性が増えているようです。炊事洗濯掃除など適当にやれば短時間で終わってしまいます。有り余る時間で自分の好きなことをやってみたいという女性が増えているのでしょう。「小人閑居して不善を為す」ということわざがあるように、大方の人妻は創造的なことをやっているわけではなく、好きな韓流ドラマを見たり、それか旦那を送り出したら、居間で寝転がっている単なるぐうたらか、ひどいものになると、必死に金を稼いでいる旦那に背信するようなこともやっています。究極的なものは、不用になった旦那をいかに殺すかを主婦同士の間で話し合って盛り上がっているようです。たっぷり酒を飲ませて、熱い風呂に入れ、シャワーは温度設定を水にしておくというものです。ジャガイモの芽の入った肉じゃがを食べさせるというものもあります。警察の事情聴取には「まさか芽の処理がちゃんとできていなかったなんて」と泣きくずれれば、同情もしてくれると思っているようです。もっと即効性のものは河豚を買ってきて毒を処理しないで旦那に食わせるというものもあります。旦那には「河豚料理店から買ってきた」と言い、警察には「私、魚をさばくのは得意だからフグも自分で処理できると思ったんです・・」と「号泣」すれば、「執行猶予」ですむのではないかと言っています。いずれにしても旦那の命は妻の一存でどうにでもなるということらしい。愛のなくなった女性ほど恐ろしいものはありません。セックスも旦那の「なおざりな」セックスよりも、電池で動く電動器具のほうがよっぽどもいいと言っています。
若い女性から「全然おじちゃんじゃ」と私は言われました。私は若くないといわれたことに「全然」何とも思わないのですが、「全然」の使用法が「全然」間違っている、(おっと、自分まで間違えた!)のに情けなくなりました。ところが文豪たちは「全然」を肯定形の前で堂々と使っています。言葉というものは決して不動なものではなく、揺れ動いていくものだというのがわかります。
芥川龍之介は教養がありすぎますから、小説の背景である、その土地や、その時代に似せたセリフをさりげなく入れています。「スサノオノミコト(本当は漢字)」では出雲方言に似せて、本来は何々「しろ」(命令形)を「しれい」と変えています。「ゑらぐ」も1000年前の文献「続日本記」に出てくるもので、現代語訳では「満面に笑みをたたえる」ということです。「鼠小僧次郎吉」では江戸時代に浮流した言葉「ひってん」をセリフに入れています。「ひってん」とは貧乏ということです。このように読者を煙に巻く芥川の書き方は余りにも自分の教養の高さをひけらかしている嫌味があります。古典を網羅した自分の教養の高さで俗なことが言えなくなり、バルザックのように長編などは息切れがして創作できなかったのでしょう。このような細かいところに作為を込めていたら、何千ページも書けないでしょう。
「ひと昔前まで、日本人に生まれさえすれば、大部分の韓国人や中国人、その他のアジア諸国の人々よりも、豊かな生活を享受できる時代が続いていた。それが今や、グローバル競争の中で、国籍や出自は優位に立つための条件ではなくなっている。」
「同時に、高度経済成長期から続いていた日本社会の約束事――この程度の偏差値ならこのランクの大学に進学できて、これ位の人生をおくることができる――そんな方程式も、一方的に反故にされてしまった。」
要するに現在では、「実力」がものをいう世界であって、かつての在日のように「持たざる者」が「実力本位の世界」である、「スポーツ」、「芸能」、「ヤクザ」の中で競争しながらのしていったように、日本人も会社の中で、家柄、学歴に頼ることなく、実力で自分の居場所を確保しなければならないという、殺伐とした世界になっているということです。つまり、今や日本人もかつての在日のような状況と同じなのです。
しかしながら芸能界を見てもわかるように、韓国の少女時代と日本のAKB48を比べると、実力の差が歴然としています。相撲だってそうです。横綱になるのはモンゴル人ばかりです。ぬるま湯で育ってきた現代日本の若者はどのアジアの国々の若者にも負けるような気がしてなりません。余り成功していない私が言うのもおかしいのですが、くやしいではありませんか。そうかといってこの悔しさを「ヘイトスピーチ」に置き換えてはいけません。たとえ韓国との仲が悪くなっていても、日本に住む在日2世3世を悪し様に言うのは男らしくありません。見習うべきは彼らの上昇志向です。孫正義のように、豚小屋から、いまでは世界で十指にはいる大金持ちになっています。率直に彼らのバイタリティに敬意を払うべきです。
八百長という言葉があります。実際に明治時代に八百屋の長兵衛がいて、相撲取りの伊勢の海親方と碁をしていつもわざと負けていました。それからわざと負ける相撲を八百長といわれるようになります。「幕の内弁当」は相撲と関係ありそうですが、本当は歌舞伎と関係があり、江戸時時代の歌舞伎は朝から晩までやりますから、その間に弁当がでていたのです。相撲の幕内の意味は「将軍が相撲見物のときに、一人前の力士は将軍の座のある幕に、内がわに伺候することを許されたことから生まれた」言葉だそうです。行司の「はっけよい」とは、古代の宮中相撲で立会いが「はっ競(きほ)えやっ」と叫んで、力士がぶつかっていたことからきました。相撲のひいき筋のことは「谷町」といいますが、大阪の谷町筋に、大金持ちの外科医・荻谷義則という人がいて、「力士の怪我や病気の面倒をよく見てくれた」ことから、この言葉が生まれました。語源を調べるだけで日本史がわかるというのが頷けます。八百屋の長兵衛も、しがない八百屋さんとしても「八百長」として名が残っているのですからたいした者です。「那須与一」という名前から、この人は何番目かに生まれたのかわかります。「与」とはもともと「余」のことで、11番目の子供は11郎と呼ばないで、十の余りが一つということで、「余一」、「余」では格好が悪いので「与」になったということです。だから那須与一は11番目の子供ということになります。「旦那」ということは今では軽々しく扱われていますが、これはもともとサンスクリット語からきているもので、「ターナ」と発音され、寺に寄進する大金持ちのことを指すのです。低給料で日曜日安い焼酎を飲んでいて、自分のことすらことを欠く旦那とは大違いです。「暖簾」ももともと商売屋で使うものではなく、「禅寺で冬に簾の隙間を塞ぐために使った垂れ幕」のことだそうで、だから暖かい簾(すだれ)と書いているのです。それが後々商売屋に普及したということです。「すっぱ抜く」の「すっぱ」は「抜く」を強調する形容動詞化と思いましたが、漢字で「透波」と書き、戦国時代他国の情報を入手するスパイのことを指します。何気なく使っている言葉にもいろいろな歴史が含まれているということはこの本で重々知らされました。
1923年(大正12年)、在日一世鄭昌建の息子として生まれ、79歳で2002年亡くなっています。町井というのは鄭昌建の2度目の妻の実家の名前です。お寺さんの娘だそうです。町井久之こと鄭建永は最初の妻が産んだ息子で、この女性は朝鮮人です。戦前朝鮮に帰り、息子を父親の母に預け、彼女は別の男と出奔します。13歳まで祖母の下で暮らします。それから父親を頼って日本に来ます。寺の娘のワリにしては、この日本人妻は義理の息子に思いやりがなかったようです。梅干が好きだとわかったら、次の日から出さなくなりました。また敷布団を取り上げて藁の上で寝かせました。このようなことをさせられると誰だってぐれます。父親は中央大学に留学するために日本に来ましたが、中退し、「商才」があったので、戦前タクシー会社を経営していました。戦後は古鉄商で大儲けしています。息子はケンカに明け暮れ、専修大学専門部に入学しますが、戦後の混乱で、勉強するよりは街の愚連隊になります。なにしろ日本の敗戦で、日本にいた朝鮮人が盛んに暴れています。町井久之も血気盛んなときで、風呂屋でケンカし力士を頭突きでぶっ倒しています。戦後在日の朝鮮人たちは北朝鮮系と韓国系にわかれて、日本人に対する以上に闘争に明け暮れています。町井久之は韓国系で、「民団」(在日本大韓民国民団)の幹部を歴任し、自らも「東声会」という暴力集団を作りました。
1946年と1949年に町井久之は殴ったり蹴ったりして人を二人殺しています。いずれも執行猶予ですんでいます。これは進駐軍のGHQが反共の砦として、北朝鮮系の朝連に敵対するものとして、町井に利用価値があったからだという説もあります。防諜のキャノン機関ともつながりがあったとも言われています。アメリカが保護してくれているのですから、怖いもの知らず、です。やがて壮年期に向かって多彩な人脈が出来上がってきます。現韓国の大統領・朴槿恵の父親・朴正煕ともつながりが出来ます。日本でも政財界とも、日本の黒幕と言われている児玉誉士夫ともつながります。
誰でもそうですが、いいことはずっと続くわけはないのです。1979年、朴正煕は大統領官邸で部下によって銃殺されます。児玉誉士夫もロッキード事件で起訴されます。韓国の国営銀行から借りた50億円も払えなくなります。50半ばからの死ぬまでの20数年間は病気がちになり、「人前には」出てこなくなります。彼には娘がひとりいるのですが、彼女がユニクロに服を買いに行くというと、彼もセーターを買ってきてくれと頼みます。この落魄にもっとも「ハッと」したのは町井自身ではないかと、著者は推度しています。