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高田純次のくどき文句は、「ちょっと、ちつ入れ(失礼)いたします」だそうです。東京都の都議会委員のヤジよりはましかもしれません。なかには腹を立てる女性もいるかもしれません。でもあの「5時から男」から言われると、苦笑いをされるのではないでしょうか。1947年生まれ、私と同じ歳です。同じ時代に生きて、これからも少しでも長く生きて欲しいと願うばかりです。
「乞食と役者は三日やったらやめられない」というものがあります。大学受験の失敗から彼の人生は蛇行し始めます。東京デザイナー学院を卒業するも、そこで学んだものを生かせる職場はなく、フリーター的生活をします。時に劇団員になったりもします。同棲から子供ができ、宝石会社である程度生活のめどがつきます。当時は高度成長時代ですから、会社員になればドンドン給料は上がっていたものです。ところが30歳にして、孔子では「立つ」・独立するということですが、安定した会社員をやめ、収入の期待できない劇団員にまたなります。妻子を養うために土木のアルバイトをし、土砂が崩れて生き埋めになったりします。この三十代が下積みの時期で、やがてテレビにぼちぼち出て、38歳で「天才・たけしの元気の出るテレビ」のレギュラーになります。ここから高田純次の快進撃がはじまります。コマーシャルも何本もでて、社員も10人くらいいる芸能会社の社長でもあります。といってもタレントは社長の高田純次だけですが、でも10人くらいの社員の給料を払っているということはたいしたものです。学生時代同級生から「大器晩成とは才能がない奴を慰める唯一のことばである」とからかわれたそうでうすが、40にして名が全国に知られ、一躍有名人になったのですから、「大器昼成」といえましょう。20年経ってもまだ芸能界の前線ががんばっているのですから、「大器朝成」の早世アイドルタレントがそうそうこの業界から去っていくのを見るにつけ、一見軽そうな役回りに見えますが、本当のところは重鎮の貫禄があるといえるでしょう。