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恐竜が全盛期には哺乳類は昼間出てこられなくて夜ごそごそ蠢いていましたが、隕石の衝突などで恐竜が死滅すると、やっと哺乳類は昼間に顔を出すことができました。ここ2,3年コロナの影響で夜は控えめでしたが、夜ぴいて遊ぶ人類の習性を改めるということはできないようです。現在では夜も徹夜で仕事をしている人もいるので、単に寝ているだけでは経済活動に寄与しません。夜遊んでカネを使うことすら成長率を高めるのですから、多少コロナが蔓延して年寄りが死んでも、経済が委縮するよりはましでしょう。
この本では特に16世紀から現在に至るまでのヨーロッパの夜の生活について書かれています。16世紀から17世紀までの夜の世界は悪党や強盗など闊歩する世界であり、18世紀頃から、街に街灯が灯されるようになって、そういった連中は引き続きいましたが、単に睡眠の時間というよりは、酒を飲んだり、観劇したり、散歩したり、恋愛をしたり、浮気もしたりしています。そういう人たちのために、サーヴィスを提供する、酒場や淫売屋や劇場が増え、そこで働く人々も増えてきたということです。「失われた夜」とは睡眠のための静寂な夜を失ったということであるらしい。プーチンも多分熟睡をしていないでしょう。闇夜での強盗など、中世ではできたことは、現在の高感度衛星カメラの前では何もかも映し出されるのですから、土台無理だとわかります。
ユーラシア大陸の北方側はロシアという国が横たわっているが、人口も少なく、温暖化と言っても気温は厳しく、人間が幸せに住めるところではありません。海のシルクロードと言われている、赤道直下のアフリカ、サウジアラビア、イラン、イラク、パキスタン、インド、タイ、ベトナム、中国、インドネシア、フィリッピンは古代から人が多く、栄えたところです。大航海時代になってヨーロッパの国々やアメリカが覇権国になりましたが、もともとは中東とインドと中国がユーラシア大陸の覇者だったのです。人口が多いということは賑わいのもとです。G7で人口が増えているのはアメリカしかいませんが、それは移民が多くて、本来での意味の民族の力というものはありません。日本も衰退していくでしょう。その点赤道近くの民族は腐敗菌に勝らずとも言えないが、菌を上回るほど繁殖し、ゴミの山でも平気に過ごしています。どうも中間層が増えると、途端に人類は弱くなっていくようです。衛生的に過ごすと、免疫機能が衰えるのかもしれません。むかしあるアホな代議士が放射能だってそのうちに慣れて、人間にとっては無害になるだろうと言っていましたが、長い目で見るとそうなる可能性もあるかもしれません。昔毒だった酸素を解毒したように、生物界も放射能を栄養素として取り入れるかもしれない。これから先、とんでもないようなことが起こりそうです。
20世紀初頭のアインシュタインと量子力学とが100年たっていてもいまだに解決できないというか、融合できないと言うべきなのか、すっきりとした説明がされていないといっても、説明されても意味が分からない人がほとんどでしょう。理論物理学では日常言語は意味をなさず、数式だけから成り立っているようです。3次元くらいまではわかるような気がしますが、時空が入り4次元になると途端にわからなくなります。宇宙は13次元に畳み込まれているという数学的な解説もありますが、宇宙はパイ生地のように何十にも折りたたまれて、それに熱が加わって膨らんだのでしょうか。このようなイメージしか持てないようでは宇宙の解明など無理でしょう。優秀な人でもこの解決の見通せない問題で一生むなしく過ごす人も多いことでしょう。
この前アメリカで豚の心臓の移植を受けた人が術後2か月で死にました。やがてこれが自分の幹細胞を使って自分の心臓を作れば免疫作用がないのですからもっと長く生きるかもしれません。自動車のように古いパーツは新しいものにドンドン変え、フレームは昔のままだが、中身はスーパーカー並みのパワーになっていることも予想できます。脳も心臓のようにリメイクできればいいのですが、単に容量を増やすだけでは賢くなっているとは思えません。碁のソフトでも毎日休むこともなく語のゲームをやらしていたら、人間の碁の天才を打ち負かしたということになっています。頭は新品に置き換えても経験が必要だということです。果たして誰が適正な経験をこれらサイボーグに与えることができるでしょうか?生身の人間には無理だとわかります。スーパー人間がスーパー人間を鍛え、もはや生身の人間は映画「猿の惑星」のように檻につながれているようになっているかもしれません。
学者や科学者になることは単に頭が良ければなれるものではありません。頭の良さは最低条件でありますが、それ以上に根気、ある面運も必要です。科学史を見ますと多くの失敗者の残骸の下で燦然と輝く数人がいるだけです。
「科学を学ぶことと科学者になるということは天と地ほどの開きがある。前者は過去の発見についての知識を得ることで、後者は自ら発見を行うことだ。学生がテストでとりくむ問題にはたいてい「正解」があるが、科学者は自らの問いを投げかけなくてはならない。だがそれは正しい問なのか、さらに正解が見つかるかどうかわからないことが多い。」
先が見えすぎる秀才は、何十年も頑張っても結果が出ないと予感すると、いくら数学や物理学を学んでも、実業界や経済界に飛び出して手っ取り早くカネを儲けたいと思うのでしょう。おまけに国家も将来あてにならないものに予算を投じるという余裕もなくなっています。実際はぼーっとしている時間が長ければ長いほど画期的なアイデアも出てくるそうですから、あまりせっついてダメにしてしまわないようにしてほしいものです。