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アメリカの閣僚の中には軍需産業からの派遣者が多く、それらの会社の社長や顧問が政治の世界に入って、自分たちの会社をいかに儲けさすかが彼らの使命です。大統領選から多額の資金を寄付し、いざその人が大統領になると、寄付以上に会社が儲かるような政策を採ります。つまり軍需産業が儲かるためには絶えず世界のどこかで戦争をし続けないといけないからです。兵器や大砲の弾をドンドン消費してくれないと彼らの会社は成り立っていけません。戦争をし続ける構図がしっかりと出来上がっているのです。自転車操業と同じで、走り続けないと倒れるのです。第一次世界大戦以降アメリカはこのような傾向になっていきます。
現在アメリカはトランプとバイデンの大統領選で混沌としています。トランプは白人至上主義で白人なら何をしても許されると思っているようです。この思想が日本への原爆、ベトナムへの枯葉剤、イラクへの問答無用の戦争開始につながります。バイデンは巨大企業とつながり、両者いずれにしてもひも付きであり、その紐の先にいる者への忖度なしには政治が出来ない状態になっているのです。どちらが大統領になろうとも、世界の人々は平和で安心した生活はできないようになっています。アメリカの多くの軍人、軍需産業の雇用を維持するためにも毎年どこかで戦争を起こさないといけないからです。
昭和62年(1987年)の出版です。総じて男性より犯罪率が低い。おまけに執行猶予がつき犯罪にならないことが多い。つまり万引きなどの軽微な犯罪が多いということです。殺人では赤ちゃん殺しか、子供殺し、旦那殺しか、姑殺しというように身近な人を殺すだけで、全く赤の他人を殺すことはあまりないようです。旦那殺しなど、この旦那が日常的に暴力を振るうなどして、殺されても仕方ないと思わされることが多い。この前ニュースで就活中だったときに駅のトイレで生んで、それを公園に埋めたという事件がありました。殺す以外に方法があったでしょうに。子供ができない夫婦で子供を育ててみたいという人も多いことでしょう。個人的に医師が赤ちゃんポストというものを作って、赤ちゃんを斡旋していましたが、この少子化なら国が率先してやるべき仕事です。現在コロナで倒産する会社も多く、ただでさえ給料の少ない女性が貧困化し、万引きも多くなると想像されます。ベイシックインカム制度を作り、一律低収入者には月10万円ほど配れば、万引きしなければ食っていけないということはなくなります。女性が嘆き悲しむような国は先進国ではありません。
この本のどのグラフを見ても右肩下がりになっています。収穫高、売上高、漁業従事者数・・すべて減少しています。日本の衰退はあちらこちらで起きていることがわかります。日本の国土は小さいが、経済的排他水域は世界6位で、親潮と黒潮が交わってプランクトンが発生しやすい好魚場なのですが、生かし切れていないようです。
前にも言いましたが、寿司が旨い、刺身が旨いと宣伝するから、欧米人も魚を食うことに目覚めたのです。生の魚を食うのは野蛮人だと思わせておけばよかったのです。彼らはもとから肉食なのですから、牛の肉でも食っていれば問題なかったのです。中国だってほとんど豚か羊かの肉で、川魚を少々食べていましたが、焼きサンマが旨いということで、大挙して日本の経済水域外に来て、日本の水域に入る前のサンマを採っています。あれもこれも日本の魚の食文化生活を宣伝したツケです。魚など見向きもしなかった連中が経済水域を作り、それまで世界各地から魚を取っていた日本を締め出します。
日本の漁師は農業と同じでほとんど60歳以上の人たちです。若者は見当たりません。これでは衰退するのは当たり前です。食っていけるほどの収入はないようです。ただ帆立貝の業者である稚内の猿払村だけが「港区、千代田区」についで所得が第三位で、裕福な暮らしができています。そのほかは地方ですから都会と比べて物価が安いのと、自給自足の生活で何とかやっていけるのでしょう。
井伏の将棋は体力将棋のようです。番数を重ねて、相手が疲れ始めたら勝つ将棋です。小説でも見てわかるように、きらびやかな才能が横溢しているようなものではありません。地味で平凡で日常的です。酒を呑むのも、長い時間がかかります。付き合い切れないで、ひとり去り、二人去りして、井伏は最後にこう言うのです。「近藤勇ただ一人」
井伏は庄屋の息子で裕福だったのでしょう。福山中学校(誠之館高校)出て早稲田に入ります、が、教授との諍いから中途退学します。同時に別の学校で絵も習っていたのですが、それもやめ、文学一本に絞ります。小沼丹は学生の同人誌に小説を書いて井伏に褒められ、お礼かたがた井伏の家に行った時、将棋ができるというので、それから長い付き合いになります。小沼丹も早稲田に入り、そこで教授になっています。
小沼丹の言うところ、はじめは自分の勝ち数が多いのですが、番数が重なると次第に井伏の勝ち数がまさっていくと書いています。将棋も体力勝負なところがあります。いくら才能があっても体力がないと悲運な将棋指し升田幸三ようにタイトル数では弟弟子の大山に大きく溝を開けられています。才能だけでは晩年までもたないのです。何よりもまして人間に必要なものは体力です。元気と健康があれば、どんなことでもなんとかなるのです。
タイトルからして将棋界のスキャンダラスなことが書いてあるかと思いきや、そんなことは一切なく、考えてみても将棋のプロは小さいときから将棋ばかりをやっており、そのまま大人になった人が多いので、強姦をしたりひき逃げをしたりすることはないのです。棋界の太陽であった中原名人は林葉との関係で一時テレビでスキャンダルとして揶揄されましたが、これも将棋一途の為せる技です。将棋以外世間の下世話なことは知らないのですから、常識外れは目に見えています。それだからこそ、天の才能なのです。うどん屋の師匠について苦労した升田や大山の時代と違って、中原の時代から純粋培養のエリートが育てられてきたのです。周りの人がガードしてあげないと、一部だけ才能の突出した人は生きていけないのです。はっきりいえば絶滅危惧種のような人なのです。林葉は酒の呑みすぎで肝臓を悪くし、一時は駄目かと思われていましたが、最近少しよくなってきているようです。林葉も女流将棋界の功労者ですから、何とか顕彰していただきたいものです。女流で思い出すのは蛸島女流名人です。何かの折で広島に来て、アマチュアと将棋をし、終わり、感想戦をしている最中、低段者の私がチャチャを入れました。蛸島名人の顔にはなんてこの人は弱い人という表情が出ていました。広島将棋センターに奨励会の3段の福崎文吾ともう一人来て、私はもう一人の人と二枚落ちを指しました。もちろん負けました。福崎文吾はA級までいきましたが、もう一人の奨励会員はプロになれなかったのでしょう。今頃彼はどうしているでしょうか?