結論:生きた経済を、今はやりの難しい数式を使った経済学では解説できないし、ましてや未来を予想することなどできはしない。数学そのものがドグマであるかもしれないし、その誤謬性も無矛盾も証明できないと数学者自身が言っています。死んだ者、動かないもの、固定したもの、大砲の弾道くらいは数学で解説できるが、矛盾だらけおで欲深い人間が織りなす経済など、解説できるほどの技術はないということらしい。
歴史がおぼろ的に見えてくる時代から現在まで人間の認識様式は「物語」です。ギルガメシュ叙事詩、新旧約聖書などで世界を知ろうとしています。古代のギリシャの哲学から数学の萌芽が出て、デカルトによって近代数学が成立し、物語認識と数学認識が並行して進みますが、20世紀にいたって、数学科学がが万能になって、物語は子供の世界に格下げされます。詩と文学は戯けもの絵空事になってしまいました。
しかし数学や科学にたけたものはごく一部です。大半は神話に靄がかかったものが脳に渦巻いています。ぼんやりとした認識能力しかないのです。このような不安定の人間が経済活動をしているのですから、予測は不可能です。未だに1929年のウォール街の大暴落の原因がわかっていません。経済博士が予測する未来もほとんど当たっていません。
このコロナ状況下でアジア人へのヘイトが起こっているということは、大方の人間はサルの集団と変わりないということを証明しています。つまりギルガメシュ叙事詩の物語認識以前の、本能による行動しかできていないということです。