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ヤクザが隆盛を極めた1963年に、ヤクザの連合が政治家に対して警告文を送ったことで、政治家の怒りを買い、翌年から「頂上作戦」といわれるヤクザの締め付けが始まりました。それからバブル時期の、ヤクザの「民間分野へのシノギの拡大」で「債権取り立て、倒産整理、競売妨害、不動産地上げ、公共工事のまえさばき、入札談合の仕切り、公共工事への参入強要、企業対象暴力、交通事故次弾介入等々経済活動の収入源」が広がったことで、1992年暴対法が作られます。これによってヤクザはマフィア化します。表に出て来なくなり、陰で蠢く存在になりました。現在に横行している宝石店や時計店を襲う強盗事件も裏では暴力団が操っているのでしょう。実行犯やそれを指示する半グレも、大本では暴力団員が仕切っていると思われます。昭和の時代までは、「弱きを助け強きをくじく」、(実際はそうではなかったのですが)、ヤクザを許容するところもありました。賭博、覚醒剤くらいなどでは仕方ないかと思われますが、普通の商行為に対して暴力で捻じ曲げて暴利をむさぼりだしたら、もはや黙っていることはできません。暴力団員の数は減っているようです。学歴弱者、家庭弱者など青少年時代問題を起こす子らにとって暴力団は「セーフネット」の役を果たしていたのですが、ヤクザでは食えないとなると、彼らはどのようにすればいいのでしょうか?