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19世紀後半フェミニズムのさきがけになった女流作家たちの文学論です。サウスワース、ストー、オルコット、ギルマン、ウォートンの作品について解説しています。基本的には黒人の奴隷のように、白人の女性も白人の男の奴隷であることに気づいたということです。白人男性の経済力と腕力にかなわない白人女性のとった戦略はコンフィデンス・ウーマン(信頼の置ける女=詐欺師)になることです。自ら稼ぐことを禁じられた白人女性の唯一の生き方は白人男性に見初められ、家庭を作り子供を育てることです。夫から愛され、慎ましく反抗しないことが女の鏡になります。が、すべての白人女性がそのような生活ができたわけではありません。白人男性でも優しい人はいたでしょう。でもこれらの小説群をみると、愛よりは支配のほうが強いように思われます。アメリカの地に上陸したピューリタンはアメリカインディアンを虐殺し、足らなくなった労働力のためにアフリカから奴隷を連れてきます。キリスト教信者の彼らはインディアンや黒人は人間ではなく、家畜や野獣みたいなもので、どのように扱ってもいいと思っています。そのくせ黒人の奴隷女性をレイプしまくります。これは聖書のソドムの町の所業です。獣姦です。白人の顔を持っているが肌が黒いといった人が多く生まれてきます。サウスワースの主人公の女性もそのような人間です。キリスト教者でありながら欲望のままに生きる白人男性に対し、女たちは仕返しを考え始めます。従来のこの支配構造を逆手にとって、支配の根源である男性の経済力を蕩尽することに徹します。男性が音を上げるまでカネを使わせます。それと並行して、白人男性の自信をチクチクと痛め続けます。そのためには清純そうに見えて、色仕掛けで白人男性の弱点=性欲を刺激して、自分の思い通りに男たちを操ろうとするのです。
もはやアメリカでは愛のつながりは無く、ビジネスのつながりだけです。ビジネスのつながりが無ければ、分断か対立です。トランプのお姉さんすらトランプをうそつき呼ばわりをしています。