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第二次世界大戦、日本が「大東亜共栄圏」と唱えて、東南アジアへ侵入しても、東南アジアの人々は何ら欧米の植民地主義者と変わらないと思ったことでしょう。戦争遂行のための資源を東南アジアに求めてきただけですから。
日露戦争で、ロシアに負けていたばかりのトルコが喜んだように、東南アジアの人々も、神のように横柄で自分たちの主張をごり押しする背の高い欧米人がチビの日本人に捕虜にされ、とぼとぼ歩かされるのを見て、目からうろこが落ちたのではないかと思われます。終戦後に元の植民地主義者が帰ってきても、東南アジアの人々は植民地主義者の言うことをきかなくなっています。文明国という幻影に惑わされてきましたが、実際は欲深く面の皮の厚い人間にすきないとはっきりとわかったからです。山下奉文がイギリス領シンガポールのパーシバル中将を怒鳴り散らしたように、イエスかノーか単純に問い詰めるべきです。植民地主義者が契約文がどうのこうのと言い出したらきりがありません。東南アジアの人々も長い忍従の時代を経て、やっとこのことに気づいて独立ができたのです。
日本が世界の植民地を解放したのだというのは言いすぎでしょう。日本も欧米の列強も強盗に過ぎないのですから、強盗に対する扱いは銃でもって追い払うことしかないということです。日本人の私から言えば、アジア人に自主独立の覚醒をもたらしたのではないかというのが、最低限日本が第二次世界大戦での貢献であると思いたい。