昭和がファシズムになったのは、大正時代、「天皇に栄誉大権だけを残した立憲君主制度の確立」ができなかったからだといっています。原敬によって、「統帥権にもとづく二重政府の廃止」が画策されたが、明治の功労者たち藩閥政治とそれとつながる軍部との反対でできませんでした。
第一次世界大戦で日本経済は活況を得て成金が続出します。大正デモクラシーの余裕さえ出てきますが、大正8年から戦後不況が始まり、軍部が満州に経済活動を開こうとして独断行動に出ます。政府はこれを抑えることができません。結局これは「統帥権」の不可侵的なもので、これを持ち出すと、だれも文句が言えなくなるのです。統帥権の乱用で軍部は好き勝手をします。
最近大企業から公務員が接待を受けているのが問題になっています。大正時代も、成金の派手な遊びや接待など、批判を受けています。今以上に経済格差が大きく、米騒動が起こるくらい、食うこともままならない人も多くいます。こうした人の怨嗟が、民主主義を広める反対に、かえってファシストを願望したりします。大正時代、政治家、経済人など暗殺されています。
いずれにしても民主主義体制はあれやこれやと議論する体制で、反対者もいて、思い通りにすっきりといかない体制なのですから、「統帥権」など持ち出して、反対者を根こそぎ抹殺するということはできないのです。我々貧乏人は怨嗟を持ちやすい人間ですが、成金が出ようと、公務員がたるもうと、これらを抹殺しようとすることなく、大いに批判するしかないのです。