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私の店も何十年前から行き詰まっていますが、何とか打開策はないかと思い、この本を手にとってみました。しかしながらこの本から今後何をしたらいいのか明確な指針など載っていません。しかしいまからの世界は「考え方」が最大級の問題であると推察されます。フィンランドのノキアの携帯機がなぜアフリカでよく売れるのかについて。普通なら識字率の低いところではハイテク機器は売れないだろうと思われますが、字が読めようが読まないがとしても、生活に是非とも必要なら、その使い方など自然とわかってきます。ちょうど我々がポルノを見たさに、パソコンの使い方を知ったように、です。思い込みで売れないと思ってはいけません。
ヤン・チップチェイスはその国の状態を知るには、朝早くから起きて散歩するのが一番いい方法だと言っています。彼はこれを「即席文化調整」と称し、この朝の早い時間にこそ、その国の真面目に働く人々の真の姿を見ることができるからだと言っています。夜の遅い時間は「暴力的な社会層」が渦巻く時間帯であり、どこの国でもこれらは少数者であり、大多数の真面目な人間は朝早くから活動をしているから、これらに注目すればだいたいのこの社会の様子を知ることができるということによります。時には床屋にいって髭を剃ってもらいながら、その床屋の大将と雑談すればもっとその社会がわかってくると言っています。
私も一年前韓国釜山に行き、朝4時頃から起きて、町をうろつきました。東菜で道に迷い、男の人がその目的の場所まで一緒に歩いて、連れて行ってもらいました。日本人だとわかっていても親切に対応してもらいました。いま韓国との仲があまりよくありませんが、朝早くから起きて活動する人は大多数が親切心を持っているような気がします。私も夕方から夜に商売していますが、外国人には親切にしようという気持ちはあります。何事も一方的に決めてかかっては真実が見えてきません。偏見でものを見ることは何にしてもよくないことです。
韓国ドラマを見ていると、時たま日本語と同じ発音する言葉が飛び出てきます。「正直」とか「約束」とか漢字の場合が多い。「約束」といった後、日本でいう「指きりげんまん」ということをしています。隣国ですから似ていることもあるのでしょう。1678年には釜山に「10万坪」の「草梁倭館」なるものができていて、これはもう大使館というよりは町という規模です。古代からずっと対馬海峡を両者は行き来しています。言語の分岐説なるものがあって、英語、ドイツ語、フランス語などもともと同一なものが何千年かして分岐し、今のような状態になったということを言っています。日本語も韓国語も膠着語の仲間であり、語順も変わりません。弥生時代から、それ以前から徐々に日本語と韓国語は分岐して行ったのかもしれません。
私が中学生の時はじめて英語を学び、英語は主語が必ずあり日本語と比べて論理的な言葉であると教えられました。だから科学など欧米主導で日本は立ち遅れて、今回の第二次世界大戦で負けたのだと、暗にほのめかされて納得していました。文豪の志賀直哉は敗戦後のドサクサ時代にもう日本語はやめて、フランス語を導入したら良いと言っていました。そうかといっていつも主語があるというのもおかしいものです。「雨が降る」という自然現象でも、英語では「It rain」であって「rain fall」とはなりません。単に雨が降るという問題に「それが」という単語がつかないといけないのか?よく言われるようにあちらでは一人の創造主・神があって、この世の不可解な現象はすべて神のせいであると説明したがっているのでしょう。日本のようにそこらじゅうに神さんがいるのとは大違いです。インド・ヨーロッパ語族は「原因」がるから「結果」が生まれ、雨の降るのも、雨を降らせる「原因」つまり「神」がいるから、そういう「結果」になるのだという考え方だと思われます。私たちから見れば、非常にまどろこいしい考え方をする人たちに見えます。日本の俳句のように「五月雨を集めてはやし最上川」という心境になれないものか思ってしまいます。
私もホームベーカリーでパンを作っていましたが、最近は作っていません。味が同じで段々飽きてきました。干しぶどうを入れたりしても、たいして変わりません。たぶんこれはドライイースト菌によるのでしょう。この本を読んでみますと、ヨーロッパではビールの酵母でパンを膨らましています。ドライイーストでなくても、ビール酵母菌でなくても、要は空中にはいろいろな菌が浮遊していて、小麦粉を水でこねて放置しておくと、でんぷん質を好む菌が取り付いて、これを餌にしてガスとアルコールとエステル化合物を作り、そのガスがパンの気泡になり、アルコールやエステル化合物がパンの風味になるということです。ただしこの場合は時間がかかりすぎ、すぐには食べられません。すぐ食べたかったら、小麦粉と水を混ぜ、こねて、焼けばビスケットやインドのナンのようなものになります。へらべったくて、気泡もなく硬く、パンのようにふんわりとした柔らかいものにはなりません。チグリスユーフラテスの肥沃な土地に小麦を植え、農業が始まります。その実を粥にしたり、挽いて粉にし、平焼きでもしていたのでしょう。エジプト王朝時代になるとパン職人の壁画あり、ビールの酵母菌でパンを膨らましたと考えられています。
日本には麹菌というものがありますから、これを使ってパンも出来るはずです。米を粉にして麹菌を混ぜ、焼くと米パンができるかもしれません。これはきっと味噌汁に合い、焼き鮭とぴったりとマッチングするかもしれません。バーターでなく納豆を塗りつけると最高の朝食になると思われます。
アマゾンの創設者ジェフ・ベゾスとその幹部たちは「勝利者をはっきりさせるためなら、ためらわず辺り一帯を焼き払う人々」と言われています。電子書籍機Kindleの意味は「火をつける」ということですから、まさしく本業界を根本から焼き尽くしたということになるでしょう。アメリカもそうですが、日本でも本屋が激減しています。本だけではなく、ありとあらゆるものがアマゾンで売られ、いまや個人商店など立ち行かなくなっています。それ以上に大手の小売業もアマゾンに圧迫されています。
1994年にジェフ・ベゾスは「書籍のオンライン通販」のアイディアを思いつき起業します。たった20年間で「250億ドルの個人資産を持ち」「米国で12番目の金持」になっています。しかし車は低燃費のホンダ車で、妻のマッケンジーに運転させて、会社に通勤しています。アマゾンの社是に「倹約―顧客にとって意味のないお金は使わないようにする。倹約からは、臨機応変、自立、工夫が生まれる」というものがあります。日本のようにクラブなどに連れてって酒を飲まして商談を勝ち得ようとする夜の接待などもってのほかでしょう。
アマゾンのビジネスはカゼルを追うチーターに譬えられます。ジェフ・ベゾス自身「カゼル作戦」なるものを立ち上げ、弱小出版社からアマゾンの要求を呑むように強います。呑まないと、アマゾンのサイトから削除すると脅すのです。アマゾンに載せると載せないとでは売り上げが大幅に違うのですから、その条件を呑まざるを得なくなります。その方式を徐々に大手の出版社に持って行き、本の最低価格などなしにしてしまいます。アマゾンが自由に値をつけることができるようになってきます。まだ日本では思うようにいかないようですが、そのうちアマゾンの攻勢が強まってくるでしょう。
ジェフ・ベゾスは連れ子であります。母が16歳の時に産んだ子供であり、父親も一歳年上の高校生です。父親は一輪車の乗り手で、アトラクションに出て収入を得ていましたが、二人の結婚生活はうまく行かず、離婚します。二番目の父はキューバ難民で、大学卒業後石油会社に技術者として入ります。この勤勉な養父の背中を見て育ったジェフ・ベゾスはまさにアメリカンドリームの体現者となります。この本の著者が実父を見つけ出します。自転車の販売をしていました。自分の息子が大金もちになったことなどこの著者に会うまで知らなかったそうです。
明治以前、唯一、外国語は漢文ですから、幼少の時から素読して、闇雲に覚えた漢文が彼らの教養の基礎になっています。明治になってもやはり第一外国語は漢文で、次に英語、ドイツ語、フランス語が第二外国語の感じです。敗戦後の我々にいたっては、漢文をすらすら読めるのは極わずかだと思います。私がそうなのですから、そう思うのですが、今の高校の授業でも漢文の授業時間は少なくなっているようです。漢詩を作る人は今ではいないでしょう。
正岡子規も12歳で漢詩を創作しています。
「一声孤月下
啼血不堪聞
夜半空屹枕
古郷万里雲」
死ぬ前にはこのような漢詩も作っています。
「馬鹿野郎糞野郎
一棒打尽金剛王
再過五台山下路
野草花開風自涼」
漢字を見ただけで何となく意味がわかるような気がします。
この本には中国の詩聖ばかりではなく、日本の良く知られた人の漢詩も出ています。
「幾歴辛酸志始堅
丈夫玉砕恥瓦全
我家遺法人知否
不為児孫買美田」
西郷隆盛の漢詩で、「子や孫のために美田を買わず」は今や格言にまでなっています。