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読書

久坂部羊 人間の死に方


          久坂部羊の父は高齢者の死を飛行機の着陸にたとえています。

「高齢者が食欲をなくすのは、飛行機が徐々に高度を下げていくのと同じだというのだ。徐々に下げるから、静かに着陸できる。ところが、医療はそれを無理やり持ち上げようとする。だから、ドスンと墜落するのだ」

だから点滴など不必要で、かえって害になると言っています。食が無いということは、死に向かって体が準備していることで、それも安らかに死ねることになるのです。無理に食べさすと嘔吐するだけです。それだけ苦しむことになります。医者である著者が言うのですから正しいのでしょう。終末医療で遺漏の手術など、人間の「尊厳」を保てないとことになります。人間、80も90も生きて、もはや食いたくなくなったら、医者を煩わすことなく、諦観を持って餓死することにこしたことはありません。

私は70歳で今不整脈の薬を飲んでいますが、まだ生きたいのでしょう。食べたくないとも思わないので、まだ生きたいのでしょう。しかしいつ何時心臓が止まり、死ぬかもしれません。孤立死も予想され、死後何ヵ月後に発見され、ドロドロか白骨化しているかもわかりません。家族がいないものですから、無理やり食べさしてくれたり、医者に連れて行ったりすることもないでしょう。その点久坂部羊が言うような理想的な死に方をすることができるようです。ソフトランディングがもっともよいのですが、突然エンジンが止まって、地上に激突するハードランディングも一瞬で死ぬのですから、これもまたよしと思うしかありません。

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