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椰子のみが南洋から流れ着いたように、日本にはいろいろなものが流れ着いてきます。最近ではアジアのプラスティックゴミが波にもまれて、ミクロのプラスチック片になって日本近海を汚染し、魚の体内に取り込まれているようです。このようなものは頂けないものですが、大形のプラスチック片である漢字というという文字が入ってきて、それがミクロのプラスチック片のカナに変化したことによって、やっと日本人は自己表現ができたということになります。漢文を真似ていただけなら、中国人からはおりこうさんでねと言われるくらいがオチですが、カナと漢字まじりで文章を書き始めると、漢文世界の枠から自由になり、やっと自分の思いを書けるようになります。特に流行に敏感な女たちはこのアイテムにたけて、その当時では世界にはない、女性の随筆「枕草子」、長編小説「源氏物語」などができています。もちろん女性がかいた日記も何篇かあります。1000年以上も前に女たちが思うところを記したものは世界にはありません。(私がそう思うだけで世界には女性が書き残したものはあるかもしれません。中国にはありそうですが、これといって目立つものはないように思われます)やがて女性に追随して男たちも漢字まじりのカナ文章を書き始めます。この経緯を見れば日本の文化の基底には女の意識が脈々と流れているということがわかります。和歌もそうですが、恋愛とか性愛とか風景とか自然とか日常生活とかが主な題材になっていて、ユーラシア大陸のように戦いが日常になっているのとは非常に違います。もちろん日本にも多くの合戦はありましたが、民族全体が滅ぼされるということはありません。平安貴族そうですが、政敵を徹底的のやっつけるということはあっても、菅原道真のように、怨霊が乗り移るという恐れから、一端貶めたものを再び祭り上げ、祟りがないように願っています。中国の皇帝のように一族郎党皆殺しという冷徹残酷な手法は取れない国民性です。それを何を間違ったのかしれませんが、日中戦争以後、柄にもないことをやり始めて、国全体を崩壊せしめたのです。もう一度原点に戻り、日本人は何が得意で何が得意でないかを知るべきです。おのずと日本の目指すものは、恋愛、性愛、その他日常のこまごましたものの改良になるでしょう。この方面で第一人者を目指せば世界から賞賛されることは間違いありません。すこし次元が低いかもしれませんが、この前焼けたメイドカフェなど、世界では仰天の世界であり、このような店を作る発想はどこの国にもないようです。