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佐藤忠雄 喜劇映画論

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佐藤忠雄 喜劇映画論


     今頃のテレビに出るお笑いタレントの有様を佐藤忠雄はこのように述べています。

「バカを承知でバカのフリをやり、それがどんなにタアイのない愚かな行為であるかはやっている本人自身が百も承知なのだと宣言するように互いに手を叩いて笑い合っている。そこに表現されているのは、伝統的なバカのフリをするコメディアンというあり方を超えて、バカのフリが上手いと言って仲間内で誉め合っている仕合せいっぱいの幸福感であり、それで生じる、あるいは生じさせている身内の和合の笑いである」

笑いの私小説化といわれるでしょう。楽屋内のネタで自足し合っている危機感のない人たちかもしれません。昨日私は邦画を見ましたが、もたもたして、話の展開のスピード感はなく、青臭い役者たちの、大方は予想が出来る感想場面が多く、同時に見たハリウッド映画のおバカ映画のめちゃくちゃな爽快感の足元にも及びません。現在の日本ではどこもかしこもガラパゴス現象化になっているのでしょう。世界規範とは遠く離れているようです。江戸時代ではこのようなあり方もできたでしょうが、この頃にこのようなことをやっているとやがて日本は後進国にも追い抜かれて、今世紀末には日本はなくなっているかもしれません。

私はトシをとったのでしょう。今頃の漫才を聞いてもおかしくも何ともありません。やはり夢路いとしと喜味こいしの漫才がいい。笑いをよびおこすタレントはみな死んでいます。遠くはチャップリン、花菱あちゃこ、横山エンタツ、エノケン、金語楼、伴淳三郎、由利徹、八波むと志、渥美清、藤山寛実・・・生きている人はいません。

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