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読書

藤沢秀行 米長邦雄 勝負の極北


        両者ともこの世にはいません。碁や将棋の才能がないなら、藤沢秀行は単なる酔っ払いの多重債務者、米長邦雄は陽気なほら吹きだったかもしれません。天才とは何かが欠けて、その欠けた部分が別のあるところにくっついて、その部分が異常に発達したともいえます。全てが均等なのが平凡人で、全体が極端にいびつなのが天才だと思われます。

かつて我々は囲碁や将棋の強者に天才と言って賞賛していましたが、いまやそれらの強者すらコンピューターに歯が立たないようになっています。囲碁や将棋の天才は他の平凡人よりは計算能力が高かっただけであり、コンピューターには敵わないということがわかりました。だから東大のコンピューター学者は将棋で4段の新人が誕生した時、斜陽産業の人員が一人増えたと言っています。最近の碁のソフトでは、一日目に囲碁のルールを教え、その囲碁ソフト同士で何万回も対局させると、そのソフトは人間の名人級に勝てるようになっているのです。人間何十年も囲碁の鍛錬をしても名人にはなれないのに、ソフトでは一週間ばかりで人間の名人を超えるソフトができてしまいます。この先何十年後にコンピューターの知性は人間を超えるという予測があります。もはやこの方面で人間は勝ち残ることはできません。藤沢秀行のように酔っ払って、お○○○と卑猥な言葉を叫ぶのが最も人間らしい営みであり、馬鹿話を創造することこそが本来の人間の職分だとしることになるでしょう。

この本は将棋の友達がかしてくれました。感謝。

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