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阿古真理 昭和の洋食、平成のカフェ飯 家庭料理の80年

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阿古真理 昭和の洋食、平成のカフェ飯 家庭料理の80年


          夫一人の給料ではやっていけなくなると、妻も働きだします。おのずと二人のパワーバランスが崩れます。顕著になるのは、料理です。妻にとって働いた後、料理などできるかということになります。旦那はテレビを見ているのに、なぜ私は台所に立って面倒くさいことをしないといけないのかという気分になります。不公平だと思います。それでデパ地下に行って惣菜を買ってきます。それかインスタントですまします。でも最近は家事そのものを放棄している妻が多いというのです。たとえ子供がいても一切料理を作らないという主婦が多くなっているそうです。それ以上に驚かされるには、これらの主婦が母親から料理の継承を受けていないということです。子供時代受験に追われて、母親の作ったものを食べるだけで、料理の技術を学ばなかったということになります。だから料理ができない人が多いのだそうです。「ビックリ水」と言われても何のことかわかりません。

男たちは母親が作ってくれた「おふくろの味」を求めていますが、今の妻たちはそのようなものは作れません。せいぜいインスタント食品をアレンジしたものか、デパ地下、スーパーの惣菜ですましてしまいます。とうとう男たちも妻を当てにしないで、自ら厨房に立ち懐かしい味を再製することに専心する人が多くなっていると聞きます。

私の店はもともとむすびだけでした。それが、ホステスさんがむすびのあてにおかずを作ってといわれて作るようになりました。ホステスさんもお客さんと寿司を食ったり、ステーキを食ったりしても、このようなものは何日も食べられるようなものではありません。時たま食うからおいしいのです。それが毎日だと飽きます。ホステスさんももともと上流階級の出身ではありません。ひじきや切り干し大根を常食する我々と同じ階級の出身者が多かったのです。時間が経ち、今の若者は「おふくろの味」の料理など食べたことがないのですから、私の店の苦境が判るような気がします。

私の店にはときたま料理人がきますが、たぶん私が思うに、割烹で料理人が作る料理など作った本人があまり食べたくなるようなものではないのでしょう。私の店で菜っ葉をあぶらげと一緒に煮た単純な料理を好んでその人は食べます。健康を考えたら、ほうれん草を湯がいて、かつおをふりかけて食べるといったような、もっと単純なものが一番優れているのかもしれません。だから料理人は凝った料理より私の店の単純な料理を食べるのです。本能に目覚めたら私の店に来るのではないかと思っています。グルメなるというものは病気になるための料理かもしれません。

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