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本名山口淑子、中国生まれで中国育ち、五族協和のために李香蘭という芸名をつけ、中国人からも中国人と思われていました。プロパガンダ映画で、中国娘を演じる李香蘭ははじめ日本人に敵対的な態度を示しますが、日本人の文化の高さと優しさで日本人男性になびいていくといった映画です。占領された地の女はすべて勝利者のものになるのだという、たわけた妄想の表れです。やがて日本がアメリカに負け、日本が占領された地になったとき、李香蘭は名前をシャリー山口と変えハリウッドで戦争花嫁映画に出演します。基本的にはアメリカ男性も日本男も考え方は変わりないのですが、アメリカの方が少し事情が込み合っています。アメリカ国内では白人男は黒人女から奴隷売買人とかリンチ男とか強姦野郎と罵られ、白人女も公民権運動に触発され、白人男の横暴さに抗議が高まり、男としての自信がぐらつき始めた時、日本占領地の女がアメリカ人の強さと裕福さのために妻にも愛人にもなりたがっているのだというメッセージが込められた映画を見て自信を取り戻そうとしていたのです。
では原節子はどうだったかというと、イメージとしては上流のお嬢様、金持ちではなくなったが没落貴族の娘などに似合う女優でした。年配者からは保護を、同年男性からは永遠の処女性を願う崇拝的なものを持たれ、年少者にはお姉さまと親しまれています。日本が占領されても、のこのことハリウッドに行って仕事をもらうことはしません。神々しいままでいたかったのでしょう。最後頃の映画ではまさしく神=天照大神になっています。最終的には天の岩屋戸の閉じこもってしまいます。映画界から40過ぎに去っていき、50年過ぎほども隠遁生活をしています。まさしく永遠の処女を全うしたのです。日本は占領されても原節子だけは占領されなかったということになります。
明治の初めごろにできた「蛍の光」は、日清日露戦争、太平洋戦争、そして敗戦に従って特に4番の歌詞が違ってきています。
できはじめは、「ちしまのおくも おきなわも やしまのそとの まもりなり いたらむ国に いさをしく つとめよわがせ つつみなく」でしたが、日清戦争で台湾、日露戦争で樺太の半分を獲得すると、「台湾の果ても樺太も やしまのうちのまもりなり いたらん国にいさをしく つとめよわがせ恙なく」となり、敗戦になって台湾もなくなり、樺太も千島列島もロシアに取られてしまいました。戦後の蛍の光では3番、4番は歌いません。スターリン、ルーズベルト、チャーチルがソ連が参戦してくれれば千島列島をとってもいいということ密約を交わしていたということで、千島列島を取られましたが、もともとは日本領土であり国際条約での領土不変更にも反します。この際「蛍の光」の4番を復活し、「こう歌ってはどうでしょうか。
「千島も竹島も日本の領土です 日本の内の守りです いつの日かそこの戻り 平和に暮らしたいものです」
本の分類で腹立たせ本というものがあります。まさしくこの本はこの部類にはいります。政治家、公務員がいかに税金をむさぼりはんでいるかを書いてくれています。
公務員は住民の従僕だと聞いたことがありますが、現在公務員が住民と出会うことに対して不快手当を支給しているそうです。生活保護手当を申請する暴力団員と面接することは誠にストレスが溜まることでしょうが、ベンツを買って乗り回している人には生活保護費は請求できないというのが仕事なのですから、いちいち不快手当を出す必要はないと思うのですが、前例慣例にとらわれている公務員世界ではこのような制度がなくなるということはないらしい。セールスマンなら契約が取れて収入になるのですが、公務員の場合、民間より高い給料と不快手当などが重なって、ことが成功しようとしまいと出てくるのですから、うらやましい限りです。公務員は難しい試験を通って入ったのですからそれなりに給料は高いと言われればそうなのかもしれません。しかし最近の日本の衰退ぶりを見ると、日本人全体が公務員化して、前例慣行重視で新しい考え方ができなくなったということも考えられます。妙に小賢しく、人当たりが柔らかく、愛想のいい、物わかりのよい人間が増えてきているような感じがします。子供の声が大きいとクレームをつけて公園廃止にした大学教授がバッシングを受けていますが、納得いかなければ一人でも主張するということは、必要なことかもしれません。そうしないと政治家や公務員、税金を食んでいる人たちは好き勝手に、まるで戦前のような社会になるかもしれないのです。
私はこの大学教授をいいと言っているわけではなく、いいとも悪いとも言えないが、我慢すべきだとは言えないような気がします。
我々が20歳ころはやったフォークソングの歌手たちは、私のような貧乏人の子倅とは違って、意識の高い、裕福な親も持つ出自が多い。子供が楽器を弾きたいというと、ピアノでもエレキギターでも買ってくれる親がいたからこそ、彼らの才能も生かされたのだろう。環境か才能かという問題になってくるが、やはり両方が加味して世代ごとに文化的にも上品にもなるのでしょう。日稼ぎの商人の息子=私は箒でじゃらんじゃらんと口で唱えながらエレキの真似をしたぐらいでは到底物にはなりません。本物に触れないとらちが明かないのです。それで階級を越えてもっと高みの階級に移行する気力もなくなってくるのです。イギリスを見るとよくわかります。労働者階級と貴族階級がきっぱりと判別できます。もはやイギリスでは階級を上昇しようとする気はないようです。フリーガンになってサッカーの試合の晩ごとに大暴れするのが彼らの唯一の楽しみになっています。面白いことにポピュラー音楽も労働者階級のものであり、アメリカの黒人音楽などの影響を受けてビートルズなどが出てきたのです。国にも文化の発展の度合いが違っていて、イギリスでは貴族はクラッシックですが労働者も好き勝手にエレキがガンガン鳴らしていて文化の下地ができていたのです。それを真似て日本のお坊ちゃんお嬢ちゃんがそれを真似て、新時代を開いたということになるのでしょう。当時の日本はいずれにして後進国だったことがわかります。
1990年に出版されています。20数年たってもカネにまつわる代議士の不祥事は収まらないようです。企業に頼らないということで政党助成金制度ができたと思うのですが、相変わらずパーティ券など売ってカネを集めています。田中角栄も金丸も金集めがうまく党の重要人物になったのですから、代議士にとって集金力は能力の一つなのでしょう。小選挙区制に変わった選挙では自民党の議員一人当たりの選挙費用は1億4000万円を超えています。最近の広島の選挙で河井克行の妻の選挙でこの妻は自民党本部から1億5000万円ももらっています。夫婦で議員もどうかと思いますが、広島の地方議員にカネをばらまいて起訴されています。政治家が家業になっていいものかどうかわかりませんが、日本を変えるという気概もないのにただ安楽な生活ができるというだけで代議士を継ぐなどはもってのほかです。